従姉妹の応援
従姉妹が訪ねてきたのはホーライゾンの夜会が行われた翌週だった。
「聞いたわよ!!貴女ルヴィーセルにもアエラたちにも一泡吹かせたそうじゃない」
歯に衣着せぬ言葉が炸裂するのは彼女の場合五歳児の時から変わらない。
オーロラ・ホルスティン伯爵夫人は社交界でも有名なお喋りで出しゃばりで情に厚い女性だ。
彼女はルヴィーセルと犬猿の仲ではあるがイングリッドの強い味方でもある。
赤毛を綺麗に結い上げ新緑色のドレスを上品に着こなしているが、口を開くとポンポンと言葉が飛び出てきて夫のテイラー・ホルスティンの懐の深さにホーライゾン伯爵家の血縁者は手を合わせるほどだと言う。
しかしイングリッドは彼女の気の良い性格を認めており年齢も近かったことから従姉妹として、友人として信頼を置いている。
「それにしてもガッシュ男爵家の旦那様もついにお仕事を軌道に乗せてきたわね。本当におめでとう」
オーロラはそういうと侍女に持たせていた大きな箱を取り出した。
その中には男性物の立派な鞄が入っている。
「まあ!きっとオーランドが喜ぶわ!」
イングリッドが歓声を上げるとオーロラは破顔した。
「男の人は意外と持ち物を見られているものよ。テイラーが贔屓にしている革職人に作らせたの」
そう言って鞄を広げる。
「見た目はスマートだけど結構中に入るのよ。良いでしょう?王都でこれは来年流行ると思うわ」
亜麻色の染色が美しいカバンは上品で如何にもセンスの良い貴族男性が好みそうな品だ。オーロラのセンスが窺える。
「嬉しいわ。あの人自分にお金を使わない人だから見ていて時々買ってあげたくなるの。まあ、今はそのお金がないんだけどね」
貴族の夫人がお金がないなど恥ずかしくて口にできないこともオーロラにだったら話せる。大きなため息と共にイングリッドは苦く微笑んだ。
「仕方がないわよ。テイラーから見れば寧ろこの短期間でよくここまで持ってきていると感心するくらいらしいわ。まっ、詳しくは私も聞けないけれどガッシュ男爵は努力の人よね」
「ええ、偉いと思う。泥臭く仕事しているから本当に頭が下がるの。私も何か手助けができれば嬉しいけれど、夫は私に仕事の話は難しいだろうって相談はしてくれないから」
イングリッドは思案しながら紅茶を口に運ぶ。
元々金銭的に苦労していなかったイングリッドからするとこの生活は修道院よりはマシだけれど……といった感じだ。成人していたくせに貴族の生活に慣れ、甘かった考えの自分を叱責したくなる。
しかし今はガッシュ家の両親やオーランド、そして支えてくれている使用人たちとどうにか家を盛り立てていきたい。最近の悩みがいつの間にか眉間にでていたらしい。
オーロラは優しく微笑んで少し難しい顔になっているイングリッドを優しく抱きしめた。
「貴女はよくやっているわ。ホーライゾン伯爵家は貴女の功績を理解しているからこの家に嫁がせたのよ。ちゃんと力になっているって!マットはまともだからこれからもっと手を貸してくれるわよ」
マットのことだけを挙げたオーロラの含みのある言い方にイングリッドは思わず吹き出す。ルヴィーセルとブリジッドとは反りが合わないのは周知の事実だ。そしてイングリッドの仕打ちを一番憤慨してくれた。
金銭的に苦労するはずもなかったイングリッドがガッシュ男爵に嫁がねばならないと知った時オーロラだけは疑心暗鬼で色々調べてくれていた。
それは全てイングリッドへ向けての親愛の気持ちだと知っている。
彼女の貴族らしからぬ感情の出し方には賛否両論あるもののイングリッドは気持ちの良さを感じる。
「テイラーが言っていたけど残っていた領地、えーっと、南西にあるカプリス?あそこに向かう道が整備されたそうね」
「ええ、ホーライゾン家が通行料を引き下げてくれたお陰で整備が進んだの。今まで整備しようにも資材の運び入れをするのにもお金が掛かりすぎて満足にテコ入れが出来ていなかったんだけれど、父たちが支援してくれたお陰でなんとかね。馬車も通れるように舗装されたから来月は二人で領地に視察を兼ねていくのよ」
「旅行に行くのね!良いじゃない!新婚旅行もどこにも行っていないのだし」
イングリッドは口を尖らせる。
「まあ、仕事がメインだけど。『オーランドの邪魔をしないようにね』と父やマットたちからキツく言われたのよ!腹が立つわ。その言い方だと私がまるでオーランドに付き纏っているみたいじゃない?」
オーロラはそうなのね、と頷きそのあと不躾なほどイングリッドの全身を見渡した。
「仲はよくなったみたいで安心したわ。その……夫婦のね」
「やだ!!オーロラ!!誰から聞いたの?」
「何も聞いていないわ!でも貴女の表情は少し大人になったもの。本当によかったわ」
オーロラの意味を受け取ったイングリッドは真っ赤な顔をして俯いた。
どうやら聡い従姉妹にはオーランドとの関係性が変わったことはお見通しだったらしい。
彼とちゃんと夫婦になってまだ僅かだが今までと違う新たな信頼が生まれた気がしている。
それは彼のいろんな面がわかったからかもしれないし、夫にしか見せないものを晒した結果かもしれない。
今は二人の赤ちゃんが出来てくれたらと素敵な未来を妄想して日々を過ごしている。
しかし。だからこそ思っていることがあった。
「あのね……私変わっているって思われそうで今まで口にしなかったんだけど実は『お金を稼ぎたい』の。これってやっぱりダメかしら?」
イングリッドが思い切って話すとオーロラはえ?っと眉を上げた。
驚いた表情というより『どうして?』と思っていることがわかる。
「私、今まで家族に振り回されて過ごしてきたじゃない?だからかしら……ガッシュ家の人々のことを大切にお思えば思うほど、自分の人生だからこそ、成功することを自分ではない誰かに手綱を握られている状態がとても嫌なの」
「それはどういうこと?貴族の女性は夫やその家に合わせて自分を馴染ませて生きていくものだわ」
そう言われるとイングリッドは僅かに下唇を噛んだ。
幼い頃からのちょっとした癖だ。本音を話そうか迷う時のイングリッド本人さえも気が付かないうっかりとした癖。オーロラはそれを見ると優しく微笑んだ。
「言ってみて。私ほど社交界で破天荒な女はいないわ」
そう言いながらイングリッドの肩を優しく撫でた。
「私ね……婚約破棄の後とっても怖かったわ……自分では『こうなりたい』という漠然としたイメージがあるの。例えば贅沢をしなくても良いけれど、当たり前が続けられる日々……令嬢時代と変わらない友人とのお茶や旅行を楽しんだりドレスショップでお買い物をしたり。化粧を毎日することもね」
オーロラが促すように頷く。
「けれど金銭的に苦しくなると、常識が覆されたの。食事も好きなものは頼めない。食後のデザートだって要らないふりをする。化粧だって家を出ない日は控えているくらいよ。節約って心が削られるわ」
「難しいことよね。実家の生活レベルが高かった分我慢しなきゃいけないもの。貴女が頑張っているのは私は分かるわ。それに貴族だから最低限の装いをしておかないと侮られてしまうしね」
イングリッドは頷く。
「だから今は日用品を買うのに躊躇しない、そしてオーランドやこれから生まれる子供たちに好きな教育と好きな食事をさせてあげれるくらいはお金を持っていなきゃいけないって思う。この半年でよくわかったの」
「苦労したからこそ気がつくことってあるわよね」
「ええ、お金なんてって今まで思っていたわ。愛があったり、尊厳が守られていれば大丈夫だって信じていたの。でもね、お金って『大切なものを守るために必要なものなんじゃない?』って気がついたの。ガッシュ家の皆さんは本当に優しいし頑張ってくれているわ。でもそこだけに頼っているって、人任せなんじゃないかなって思って」
イングリッドはこの半年の思いが溢れたのか唇の端が震えた。
「お義母様をもっと良いお医者様を連れてきてあげたいって思うし、お父様は本当は葉巻がお好きなのに結婚する前からずっと我慢して辞めていらっしゃるって知ったわ。ホーライゾン家からしたら大したお金じゃない。嗜好品を我慢したり、余計なお金を使わないって決めていらっしゃるの。オーランドがお酒が好きなのも知ったわ。普段家ではお金をかけないって決めて控えているの。そういう事も胸がチクリとするの」
オーロラは気がついた。
贅沢をしたいと言っているわけではない。
イングリッドはお金がないことで小さな幸せを満たせない彼らを助けてあげたいと思っているのだと理解した。
「貴女はやっぱり優しい人ね。いつも相手のことを考えているからそう思うのね。でも私も思ったことがあるわ。貴族の女は夫に振りわされすぎて人生の大半を左右されるのって本当に正しいことなのかな?って。ガッシュ家が繁栄するためにイングリッドは何をするつもりなの?」
イングリッドは首を横に振った。
「わからないわ。前回婚約破談になった時働きに行こうとしたけれど、正直女性が外で稼ぐってとっても難しいのが分かったわ。極論だけど平民の人たちが娼館に行くのも理解できた。女は仕事の中身が『手に技術』がないとダメなのよ……でもどうにかしたいって本当に思っているの」
「そうねぇ、稼ぐか…………」
オーロラは腕を組みコツコツとヒールを鳴らしながらソファの周りをぐるりと回る。
「私じゃ解決できそうにないわ。やっぱり聞くのが一番手っ取り早いかも。貴族で仕事をしている女性といえば有名なのはレイコール子爵夫人だけど、彼女は元々平民から貴族に嫁いだ方ですものね。私とは交流があるけれどイングリッドも一度話してみる?私は素敵な方だと思うわ。高位貴族の伝手もお有りで敵には回したくない感じの人よ」
イングリッドは目を瞬いた。
「それって……」
「そう、とっても厳しい方でもあるのよ。今四十代かしら?お綺麗だしエレガントだけど常識を重んじて礼節に厳しいの。でも意地悪ではないわ」
イングリッドは一瞬も迷わなかった。
「お願いするわ!ぜひ会わせてちょうだい。オーロラに恥をかかせるような真似はしないと誓うわ」
オーロラはそれに快諾するとその日はプレゼントを置いて帰って行った。
そして四日後。
レイコール夫人と連絡が取れ、自宅に招待してもらえたと手紙が届いた。




