レイコール子爵夫人とのお茶会
レイコール子爵家のメリッサはスラリとした高身長の女性だった。
四十代には見えない肌のハリと大きな瞳が印象的だ。赤身の強い栗色の髪を緩やかにアップにしてる。
「お初にお目にかかります。イングリッド・ガッシュと申します。本日は機会を頂きましたことを御礼申し上げます」
イングリッドが侍女エルザに合図すると有名な菓子店の大箱を二つメイドに渡す。中には日持ちのする焼き菓子と、希少な限定の生菓子が綺麗に鎮座している。
予約して手に入れたそれらをメリッサが気に入ってくれることを祈りつつオーロラとイングリッドはゆったりと着座した。
「今日はお忙しいのにお時間を割いていただいてありがとうございますレイコール夫人、こちらがイングリッド。先日お話しした私の従姉妹ですの」
オーロラがイングリッドを紹介するとメリッサは鷹揚に頷き目を細めた。
「ガッシュ夫人、よろしければイングリッドさんとお呼びしても?」
「はい勿論でございます」イングリッドは緊張した面持ちでコクンと首を振る。
「ホホホ、そんなに緊張なさらないで、そう。事情はオーロラ様から聞きましたわ。貴女の従姉妹は本当に聡い女性ですわ。貴族の常識に囚われていないし、物事の本質をよくお分かりですわ。
そして貴女がお金の大切さに気がつき、女性の尊厳を守るために必要としていることも理解いたしました」
紅茶をゆったりと飲むその爪は綺麗に赤く染められている。
王都で流行り始めた色爪サロンは今現在予約が取れないと聞く。メリッサはそこの予約も難なく取れるのが窺い知れる。
「少し……私のお話をしても良いかしら?」
メリッサはフフフと少女のように笑った。
「私の父はね二〇〇万ヴェル……たった二〇〇万ヴェルのために首を吊ったのよ。私が十六歳の時よ。中堅で二代に渡る商会を運営していてね、手堅い商売をしていたのに、友人に騙されてしまって……その月の手形が払えなくなったの」
オーロラが息を呑む音がかすかに聞こえた。彼女も知らなかった事実なのだ。
「そして私と母を残して死んでしまったの」
イングリッドは目を見開きオーロラと顔を見合わせた。
「私は平民出身ということはご存知でしょう?主人はレイコール子爵で私より十五歳も歳が上。言わずもがな、男児が欲しい家の為の政略的な結婚でしたわ」
イングリッドは胸がチクリと痛む。母と娘、女二人は借金のカタにされたのだろうかと苦しくなった。
「でもね、運の良いことに旦那様は私をとても可愛がってくださったの。先妻と同様の扱いをしてくれたし、平民出身だからと馬鹿にもしなかったわ。二人の子供を授かり、夫は私の家の借金を返してくれ、安定した生活を送らせてくれたの」
二人は大きく頷く。
メリッサの苦境が和らいだと聞き、少しばかりホッとしていたのだ。人生とは物語より起伏があると二人は聞きいる。
「夫との生活に不満はなかったけれど、不安は拭えなかったのよ。人生においてお金は人の生死に関わるとわかってしまったから。私は十七歳でこの家に嫁いで来たけれど、ずっと心の底に霧がかかっていたわ。
夫が……誰かが……家を傾けてしまうようなことがあったらどうしよう……息子に何かがあったらどうしよう。もし何かあっても娘の持参金をたくさん持たせてあげたい。そんな妄想をしていたの。昔、父の商会がうまく行っているときはみんなチヤホヤもしてくれたのに掌を返されたことがきっと染み付いていたのね。裕福な時に通わせてもたった貴族と同じ知識を活かせないかということも心にシコリになっていたの。せっかく学んだ色んなことを今の人生で役に立てていないと気がついたのね」
続けて喋ったせいか彼女は紅茶を口に運ぶ。
「そのことを夫に相談して商売のアイディアを伝えたら『いいよ、君が女性の先陣を切っていけたら良いね』って応援してくれたの。一回り以上離れているし、彼からしたら暇つぶしをするのかな?くらいにしか思われていなかったと思うんだけど」
オーロラが堪らず口を挟む。
「レイコール夫人!それはどんなアイディアだったのですか?」
「私は他国のオーダードレス店を真似して、貴族の皆様の家を回り中古ドレスの買取を始めたの。社交界に出入りしているから夫人たちやご令嬢たちとも仲が良かったし、彼女たちもそれがお金に変わるのならと喜んでくださって、そこから商売を始めたのが切っ掛けよ」
イングリッドは思い出す。
王都には中古ドレスを買い取って美しくリメイクするお店があると聞いていた。
地方の中古ドレス店と違い、最新の形に作り変えられ、染色を施し、良いレースや刺繍が沢山入っているのに比較的安く販売されているそうだ。
まさかそのオーナーが彼女とは夢にも思わなかった。
王都の社交シーズンには地方の女性たちも多くやってくるが、貴族だからと毎回豪華に仕立てることが叶わない人々も多い。
彼女のしていることは双方に利益をもたらす素晴らしい事業だと感心した。
「これが皮切りとなって私は貴族らしからぬお仕事をいくつもさせていただいているの。もちろん悪口を言われたこともあるわ。『貴族のくせにハシタナイ、お金に意地汚い』って。でも、今私は思うの。『挑戦せずに後悔より、挑戦して大成功』って」
若々しくエネルギッシュな夫人の口調と目の力にイングリッドは吸い寄せられるように頷いた。
本当にそうだ。燻っているまま何十年も過ごすより、思った通りに人生に挑戦してみたい。イングリッドはレイコール夫人の生き様に思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「女の人がアイディアを出すのは大歓迎よ。だって、商会で取り扱っているもののほとんどが女性モノでしょう?なのに売っているのは男性ばっかり。でもね商売をするに当たり大切なことがあるわ」
「なんでしょうか?」
イングリッドは身を乗り出した。
「一、夫の理解までは得られなくても、承知はしてもらうこと。
二、貴族夫人の感覚で仕事をせず、男性と同じように『お仕事』として捉えること。
三、知識のある方に教えてもらいながらすること。
この三つが守れたらきっと貴女は成功するわ」
メリッサはウンウンと頷いてメイドが運んできたお菓子のプレートに目を細めた。
「まあ、私はこの菓子店に目がないのよ。よく生菓子を購入できたわね。本当に美味しいからみんなでいただきましょう」
そう言うと自らプレートから二人に取り分けてくれた。
優雅な手つきを見ているととても平民出身とは思えない。メリッサ・レイコール夫人の姿勢は貴族のものと言って過言ではないだろう。
「そんなに見つめられたら恥ずかしいわ。私の所作は貴女たちから見て大丈夫?」
茶目っ気のある表情で片目を瞑るとやはり四十代とは思えない。
「レイコール夫人はお仕事をなさっていらっしゃるからこんなに上品で、お若くていらっしゃるのかしら?」
オーロラがため息と共に呟いた。
「まあ、お上手ね。でもそうね……半分正解で半分は違うかも?
私は男の人と肩を並べて仕事をするでしょう?女だからと侮られないようにしながらも、『力を貸してね』という低姿勢も必要なの。だからこそ身綺麗でなくてはいけないし、所作も女性から意識してもらえる程度にはきちんとしておかなくては相手に失礼があるわ」
お皿に綺麗に盛られた菓子を満足そうにフォークで切るとレイコール夫人は一口運んだ。
「ん〜〜〜おいしいわね!本当にありがとう。気遣いが十分に感じられたわ。イングリッドさん。今日は貴女とお茶を楽しむことができて本当に良かったわ。困ったことが起こったらいつでも相談して頂戴。力になれることがあったら協力は惜しみませんから」
二人は破顔すると立ち上がった。
「「ありがとうございます!!夫人!!」」
オーロラが嬉しそうにイングリッドを抱きしめる。
「きっと、きっとうまく行かせましょう!貴女には明確な目標があるのだもの!」
イングリッドはオーロラの繋いでくれた縁により、自分の妄想が形になりそうだと心がざわつくのだった。




