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「では、夕飯にしようか。イヤナは疲れているだろうから、私がフロントに行って注文して来る。ユゴントで薬草料理を御馳走になったから軽めでも良いよな?」
セレバーナは、下していた黒髪をツインテールにしながらそう言った。
強制転移後に薬草料理を食べたイヤナは、吐いた後にも黒髪少女と共にまた食べている。
さすがに食い過ぎだ。
「うん。じゃ、私は貰った薬草の花と種をペルルドールに送る準備をしておくね」
実は、剣をすんなりと借りられたのには訳が有った。
王家の妹姫と知り合いなら、その権力を利用出来るのではないかと期待されたからだ。
長々と言い訳されたが、簡単に纏めると『セレバーナとイヤナからペルルドールにお願いをしてくれるのなら特別に剣を貸してやろう』と言われたのだ。
お願いの内容は『王家の財力と人脈を使ってこの薬草を地上で繁殖させて欲しい』と言う物。
過去に失敗した策だが、外部の人間の知恵を借りられたら成功するかも知れない。
万が一にも成功したら、最悪、自分達の存在が外に漏れて王国の侵略を受ける恐れも有る。
それが一番の懸案事項だ。
だが、今回の様な悲劇は今後も定期的に起こるだろう。
国土が閉じられている事が原因で近交係数が高まっており、健康ではない子供が産まれ易くなっている問題も起こっている。
変化を恐れていたら数世代後には滅んでしまうとユゴントの皆が予想している。
王国に支配される事になっても、そちらの方がより良い未来が有るかも知れない、と言う賭けに出たのだ。
薬草をユゴントの特産品として全国に売り出せば、地上の仲間として受け入れて貰える可能性も有る。
そうなったら、地上の食べ物、特に動物の肉が自由に食べられる様になるかも知れない。
草以外の物が食べられる生活に変化出来れば、肥料病に頼らなくても生きて行けるだろう。
この案は巫女の力が無くなった初期の頃から出ていたのだが、女神の歌に応える者が全く現れなかったので廃案になっていたそうなのだ。
しかしイヤナが歌に応え、しかも都合良く権力の後ろ盾を持っていたので、保守派も未来に希望を持たざるを得なくなった。
保守派の人々も、肥料病と言う人柱が土地を豊かにするシステムに疑問を持っていたのだろう。
だから全会一致で女神の慈悲と共に種を託された、と言う訳だ。
今まで存在が知られていなかった花の部分が姉姫の身体に良かったら、きっと王家は本腰を入れて薬草の繁殖方法を研究してくれるはずだ。
「ねぇ、セレバーナ」
「どうした?」
イヤナは、キノコの菌糸で編まれた四角い箱を部屋の隅に備え付けられている机に置いた。
それに花と種が詰まっている。
「この種にはユゴントの人達の願いが籠っているから、私自身の手で王城に持って行きたいんだ。でも、そんなワガママが許されるのかな」
「イヤナがそんな事を言うなんて珍しいな。いつもなら遠慮無くペルルドールに直接お願いしたい!と言うだろうに」
「穂波恵吾の記憶を得たせいだろうね。ヴァスッタで出会ったセイカが土下座した意味も、最近やっと分かったよ」
「懐かしい名前が出て来たな。彼女は元気だろうか。まぁ、王族と友人だったとしても、一部族を特別扱いしてくれと頼むのは不平等だろうな」
「やっぱり?」
「だが、ユゴントの人達は王国に支配される事も覚悟している。そうなったら特別扱いにはならないだろう」
いまいち理解していなさそうな顔をしているイヤナに向けて説明するセレバーナ。
ユゴントが王国に支配されたら、薬草の利権が王国に没収される恐れが有る。
薬物の取り扱いを誤ると人命に関わるので、薬効の度合いによっては国が管理しないととんでもない騒ぎになるからだ。
それは最大級の屈辱だが、薬草を守ってユゴントが滅んでは意味が無い。
最初の内は薬草の権利を主張するが、力及ばずに薬草が奪われたとしても、それはそれで仕方が無い。
戦争で無理やり奪う訳ではなく、ユゴントが支配に抵抗していない以上、彼らの土地名を『エルヴィナーサ国ユゴント地方』と改めなければならない。
そうなったら、王国にはユゴントの人達を守らなければならない義務が発生する。
王国から戦争が無くなって久しいので、他の土地で薬草を育成出来る様になったとしても、ユゴントを用済みとして滅ぼす事はしないだろう。
「なるほどなー。みんな色々考えてるんだなぁ」
感心の籠った溜息を吐くイヤナに薄い笑みを向けるセレバーナ。
セレバーナは、ヴァスッタが殲滅されそうになった事件は二度と起きないだろうと思っているので、それについてはユゴントの人達に伝えなかった。
あのペルルドールが王城に帰っているので、かなりの高確率で大丈夫だ。
「人の上に立つ人達は、そう言う事をいちいち考えている。だから下々の物に尊敬されるのだ。では、行って来る」
セレバーナは一人でフロントに行き、ルームサービスをお願いした。
来客の予定が有るのでお風呂に入れないから、部屋に残ったイヤナはストーブに石炭をぶちこんで室温を上げた。
「どうもー。魔法ギルドから来た者ですがー」
高級な紅茶とサンドイッチを食べ終わると、荷物の整理をしながら一時間程寛いだ。
そうしていると、不意に部屋のドアがノックされた。
訪ねて来たのは、物凄いクセっ毛メガネの女性だった。
「貴女はブランナーさん。お久しぶりです」
「あ、覚えていてくださいました?さすがブルーライトさん」
「こんばんは。えっと、セレバーナの知り合い?誰?」
愛想良く来客に挨拶したイヤナは、ツインテール少女に耳打ちした。
「私が魔法の杖を作る時にお世話になった魔法ギルドの人だ。サコもお世話になっている」
「そっか。始めまして。セレバーナと一緒に修行をしたイヤナです」
「始めまして。手が空いているハイクラスの魔法使いは私くらいしか居なくて。何せ、近年は枝取りに来る若い人も珍しいので」
ブランナーは、クセっ毛頭を掻きながら照れ臭そうに言う。
「何にせよ、お手数を掛けてしまって申し訳ありません。ここで何をするかの説明を受けていますか?」
セレバーナの質問に頷くクセっ毛の女性。
「はい。女神の遺産に触れると気を失うかも知れないので、貴女達と遺産を護れと。遺産は刃物なので特に注意しろと仰せ付かっています」
「キチンと話は通っている様ですね。それでは遺産に触れますので、後は宜しくお願いします」




