嵐の前の静けさ
「セラフィナ様、おはようございます。今日は日曜日ですよ」
「おはようセリーヌ。今日もとっておきに可愛くしてね」
「お任せください」
セリーヌの声で重たい瞼を開けると、視界の端にピンクの薔薇が映り、思わず口角が上がる。
先日ルシアンからもらったものだ。
あのプロポーズの約束の日から時は経ち、セラフィナは13歳になった。
フローリア王国の成人、デビュタントは16歳と決まっているので大人の仲間入りはまだまだだが、毎日の努力のおかげで、知識量は成人とさして変わらない。
1年ほど前から経済に加えて経営についても学び出し、帝国語学、古語、大陸の歴史など専門分野まで学ぶものだから、何になるつもりなんだ?と兄姉に首を傾げられる始末である。
もちろんダンスや礼儀作法のレッスンも怠らない。
正直セラフィナは王になるわけではない。
だからそこまでの専門知識は不必要だった。
来年には隣国であるエシュリオン王国に嫁ぐことになった第1王女でセラフィナの姉のアラベラ・ウィンターミアも、嫁ぎ先が決まってからエシュリオン王国の言語や歴史について学んでいる。
それでも出来るだけ多くのことを学びたい理由がセラフィナにはあった。
その理由とはもちろん、ルシアン・アッシュフォードその人である。
ルシアンは今年で16歳になった。
フローリア王国では、力のある大体の貴族は15歳から王立フローリア学園に通う。
もちろん公爵家嫡男のルシアンは昨年から学園に通っている。学園では、それぞれのトップクラスの専門家が教鞭を取るため、王国内最高峰の教育が受けられる。
王国のこれからを担う人物を育成するのだから当たり前だ。
そして努力の人ルシアンは、学園でも常にトップの成績を維持しているらしい。
本人は決してひけらかすことがないので、人伝で聞いた話だが、さすがである。
セラフィナはそんな最高峰の環境でトップの成績のルシアンとも、いつでも互角に話ができるように頑張っているのだ。
「セラフィナ様、今日はどんな髪型にしましょう?」
「うーん…、昨日がハーフアップだったから、今回はアップヘアがいいと思うの。セリーヌはどう思う?」
「私もセラフィナ様のアップヘアはとても素敵だと思います。ピンクの薔薇のモチーフの髪飾りもつけましょうか」
「なんて素敵なアイデアなの!さすがセリーヌね。いつもありがとう」
「身に余るお言葉です」
ルシアンは年が上がるにつれて、登城する頻度が高くなった。
今年になってからは、土日はほぼ毎週、平日も学園終わりに見かける日もある。
一体いつ勉強する暇があるのかと言うほど多忙だ。
セラフィナはそんな多忙なルシアンを気遣って、遠目から見守る日もあるのだが、大体ルシアンが気づいて時間を取ってくれる。
申し訳ないと思いつつも、その優しさに甘えてしまっているのだった。
昨日も例に漏れず、ルシアンが帰りに護衛騎士に伝言して、庭園に呼び出してくれた。
雨の日は客間や温室でお茶を飲みながらゆっくりお話しすることもあるが、晴れている日は決まって庭園だった。
昨日は時間がなくて、お花をもらってすぐに解散したが、別れ際に「明日の15時に庭園で待っています」と言われてしまった。
デートの約束だわ!と浮かれたセラフィナは、昨日は寝つきが悪かった。
「デート、楽しみですね、セラフィナ様」
「恥ずかしいわ…」
案に昨日のことを揶揄されているようで少し居心地の悪い思いをしつつも、セリーヌが純粋に喜んでくれているのも知っているので、居た堪れない。
ーーートントン
「どうぞ」
「セラフィナ様、朝食会場までご案内いたします」
「すぐに行くわ」
セラフィナの部屋を訪ねてきたのは、先日セラフィナの護衛騎士になったばかりのルーファス・ホークウッドだ。
ホークウッド伯爵系の嫡男で、爵位を継ぐまでの7〜8年間は、王族への忠誠心の育成などを目的にセラフィナの護衛を任命された。
銀のシルクのような髪に切長の目が特徴の端正な顔立ちで、少し冷たい印象を与える。
だが、今年18歳で第3王女の護衛騎士に任命されるだけあって、相当に腕が立つらしい。
護衛騎士になるまでは、セラフィナとは顔見知り程度だった。
「セラフィナ様」
「なにかしら?」
兄や姉の待つ朝食会場まで、ルーファスと共に歩いていると、急に話しかけられる。
いつもはほとんど業務以外の会話をしたことがないので、少し驚いた。
「恐れながらお聞きするのですが」
「どうぞ?」
「セラフィナ様は、アッシュフォード公爵家のルシアン様がお好きなのですか?」
「え!?」
まさかルーファスにこんなこと聞かれるなんて思っても見なかったセラフィナは、珍しく淑女らしくない大きな声を出した。
城中の人がセラフィナがルシアンのことを好きなのを知っているが、誰も表立って本人に聞いたことがなかったため、この手の話に意外と慣れていないセラフィナは挙動不審になってしまう。
それでも、嘘をつく気はなかった。
「…うん、そう…。とても、好きなの…」
改めて声に出すと恥ずかしいが、ますます実感した。
(うん、そう、私はルシアン様のことをお慕いしている)
「そうですか…」
そのあとルーファスは黙ってしまったので、なんだか気まずい空気が流れたが、何故かルーファスが暗い顔をしていたので、セラフィナも口を閉ざしたのだった。
ルシアン不在回でごめんなさい。次話はたくさん登場します。




