幼き日の約束
トントンーー
歴史の授業が終わったあと、セリーヌに髪の毛を結い直してもらっているセラフィナの自室にノックの音が響く。
「どうぞ」
セラフィナが返事をすると、護衛騎士が入ってくる。
「失礼いたします。セラフィナ様、ルシアン様が庭園でお待ちです」
「わかったわ」
表面上は取り繕った返事をするが、表情には嬉しさが滲み出ていた。
鏡越しにアイコンタクトで急かしてくるセラフィナに、セリーヌは「急ぎますよ」と髪を結ぶ手を動かしながら答える。
今にも飛び出して行きそうな勢いのセラフィナに、セリーヌの頬も少し緩んでいた。
「ルーシーさま!お待たせいたしました」
ルシアンは王宮の庭園のベンチで、本を読みながら待っていた。
隙間時間でも、知識を得ることを忘れない努力家なルシアンに憧れて育ったからこそ、セラフィナは努力を怠らないのだ。
「セラフィナ様、こちらこそ遅くなってしまってすみません」
セラフィナの声が聞こえるとルシアンは立ちあがり、自分が座っていた場所の隣に白くて皺のないハンカチを敷き、セラフィナの左手を引いて座らせた。
ルシアンの右手とセラフィナの左手は繋がれたままだ。
一連の動作がスマートすぎて、これで8歳というのだから末恐ろしいことこの上ない。
「今日はルーシーさまと一緒に読みたくて、絵本を持ってきました」
「セフィ様と絵本を読むのは初めてですね。重たくなかったですか?」
「まったく!こう見えて、力持ちなんです!」
「ふふ、それは頼もしいですね」
ルシアンは2人きりの時だけ、セフィとセラフィナを愛称で呼ぶ。
呼ばれるたびに、慣れなくて、くすぐったい気持ちになる。
2人きりの時だけというのも、特別感が増して、セラフィナは好きだった。
それに、2人きりの時は、ずっと手を繋いでいてくれる。
ドキドキとうるさい心臓がルシアンにバレないように、頑張って平常心を装うセラフィナだが、顔の赤さでバレバレなのは本人は気づいていない。
今日持ってきたのは、『おうじさまとひみつのこいびと』という、王国の女の子なら誰でも一度は読んだことのあるメジャーな絵本だ。
セラフィナはこの絵本がとても好きで、もう何度もセリーヌに読み聞かせをしてもらっている。自分でも擦り切れるほど読んだ。
でもどうしても、ルシアンに読んで欲しかった。
「僕が読み聞かせをしても?」
「ええ、ぜひ」
ルシアンの声で、大好きな絵本を、大好きなあのシーンを読んでもらえると思ったら、セラフィナはわくわくが止まらない。
絵本の舞台はここ、フローリア王国。主人公は第2王子という設定だ。
王子は隣国に留学に行った際に、同じく留学に来ていた、王国の敵国の姫に恋をしてしまう。敵国の姫も王子のアプローチにだんたん心惹かれていく。でも2人は敵国同士。とても王や国民が受け入れてくれるとは思えなかった。
そんな時に王子が言うのだ。
「私はここに誓おう。何年かかろうと、必ずあなたを迎えに行くと。死ぬまであなたを愛すると。
だからどうか、私と結婚してほしい」
「…〜!!」
何度も読んだシーン。読み慣れたセリフ。
けれどやっぱり、ルシアンの声で紡がれると、セラフィナはまるで自分が言われているかのような感覚に陥り、幸せで、切なくて、声にならない感情が湧き上がってくるのを感じた。
と、そこでルシアンが本をパタンを閉じた。
まだ続きがあるはずだ。
セラフィナは、昂る感情が一気に冷め、ルシアンの気分を害してしまったのではと心配になる。
「ルーシーさま、あの、」
「セフィ様」
「え、あ、はい」
謝罪を口にしようとしたセラフィナの声をルシアンが遮る。
何かを決意したようなはっきりとした声だった。
ルシアンと繋がれたままの左手が、ちょっと痛いくらいぎゅっと握られる。
緊張しているのがこちらにも伝わってきた。
「僕、成人したら、この絵本の王子様みたいなプロポーズをします」
「はい」
はい、と返事をしたのはいいものの、セラフィナは言われた言葉をあまり理解できていなかった。
プロポーズ?する?誰に?
「待っていて、くれますか?」
「はい」
「よかった」
そう言ってルシアンはセラフィナの額にキスを落とした。
(え、まって、いま、ルーシーさまの唇が、私の、おでこに…!)
理解するにつれてだんたん頰に熱を帯びていくのが自分でもわかる。夢みたいだ。
(この絵本持ってきてよかった)
セラフィナはその後のことは、あまり覚えていないのだったーーーー。




