出陣前、織田方にて
織田側
「ほぉ、ついに始まったか」
「左様でございますな」
ここは織田の本陣。
大将として参戦した織田上総介信長の側に、これまた参戦する丹羽五郎左衛門尉長秀こと万千代は控えていた。
丹羽はまた戦か、と正直考えていた。
勿論、主の命なので不満などはないがそれにしても多い。
二年前に同盟を結んだばかりというのに。
別に構いはしないが。
「万千代はいつ出るのだ?」
「森殿が苦戦するようなら打って出ますが、それまではこちらに」
今回の戦で第二陣を務める森与三可成は戦にも慣れている。
そのようなことにはなる気がしないが。
丹羽の言葉を聞いた信長はつまんなそうに顔を背けた。
「都合が悪いですか、私がいると」
「……」
「まさか自ら打って出てやろう、などと考えておられませんよね」
信長は急にバッと立ち上がり、明後日の方向を眺め始めた。
その反応を見て、丹羽はこめかみが痛むのを感じ思わず手で抑えた。
まったくこのお方は……
「そんなことは考えておらん」
「誠にございますか」
「誠じゃ。一瞬頭をよぎったが止めた」
信長は丹羽に振り向きながら、言い訳するように言った。
相変わらず突飛なお方だ、と丹羽は見つめ返した。
「それならようございますが」
「流石にそのような事はせぬ。相手の大将も城から出て来ない故、意味がない」
わざわざ大将である信長が戦地に赴く理由はない。
信長が打ち取られてしまえば、織田の敗北となってしまう。
それは本人も重々承知だった。
「龍興も哀れですな」
「龍興……喜太郎のことか」
一瞬だけ考えるようなそぶりをした信長はどうやらまだ敵方の大将の事を幼い頃の名前で呼んでいるようだ。
「殿、その呼び方では皆が混乱してしまいます」
「ん?良いではないか。私がなんと呼ぼうと」
「……」
丹羽は諦めた。
もうこうなってしまったら主は今更呼び方を変えたりしないだろう。
「哀れ……確かにそうだな」
信長が陣図を眺めながら呟いた。
その横顔は平素と変わらなかったが、長い付き合いの丹羽には分かってしまった。
この男、絶対哀れなどと思ってない。
「はぁ」
「なんだその顔は」
「いえ、なんでも」




