長良川から
「あちら方の大将は日比野下野守清実だそうです」
「日比野…」
長良川畔近辺。
尾張の主、織田上総介信長は池田勝三郎恒興にその報せを受けた。
美濃の主である義兄、一色義龍が病没したと聞いた信長は次の日には美濃への侵攻を開始していた。
確かに美濃は道三の娘である帰蝶を信長に嫁がせることで、尾張と同盟を結んでいた。
しかし、同盟を結んでいたのはあくまでも道三の美濃である。
その道三を殺し、美濃を我が物とした義龍とのものではない。
よって攻め込まぬ義理などない、というのが信長の言い分である。
「敵の兵の数は」
恒興は少し唸ったあと答えた。
「実際の数は六千程だそうです。少しばかり考えていた数より多いのでは」
「ふふ、まぁな。誠を申せば二千でも驚くことはなかっただろう」
信長は確信していた。
新たな美濃の主、龍興のもとには兵は集まらぬと。
ただでさえ先代が急に死んだのだ、息子とはいえ十四の餓鬼についてはいけないだろう。
唯一の救いは跡目争いがなかったことだろうか。
義龍には誅殺した二人の弟のほかに、母親の違う兄弟が三人ほどいたはずだ。
その者たちは美濃の主という座に興味がなかったのだろう。
考えれば考えるほど、それは当たり前だ。
このように危機的状況にある国を率いる役目など、誰が進んで引き受けるものか。
そんな役目をあの倅が引き受けるとは。可哀想に。
信長は一瞬本気で可哀想だと思った。本当に一瞬だけ。
いや、それとも。
「他の者の…叔父や家臣たちの言いなりになるか」
ありうる話である。というか、よくある話である。
幼いころに当主の座につき、己で物事を決められるようになっても大人たちの言いなりになったままの殿様など、この世に数多にいる。
龍興もその一人の仲間入りする可能性は大いにある。
「つまらん」
ふん、と鼻を鳴らした信長は乳兄弟に向かい合った。
「その六千はいつ頃この辺りに着く」
「あと二日のうちには、とのことです」
「そうか」
信長は空を見上げる。
空は晴れ渡っており、信長は思わず笑いがこみ上げた。
「はは、はははは」
戦はもう迫っていた。




