尾張から
「万千代、今なんと」
「…当主である斎藤美濃守殿が弟君の孫四郎殿、喜平次殿を討ったそうです」
尾張、清洲城にて。
信長は万千代…丹羽五郎左衛門尉長秀から義兄弟の訃報を聞いた。
とは言っても、会ったことはないので悲しくはないが。
「はは、ついにあの義兄上も我慢ならなくなったか」
信長自身は帰蝶の婚礼以来、利尚と顔を合わせていない。
しかし帰蝶に会いに来る美濃の者や、聖徳寺での様子からして長くは持たないと考えていた。
そしてその予想は見事に当たった。
利尚は信長から見て真面目な男だった。
しかしそれと同時に人をあまり信じない、猜疑心の強い男にも見えた。
恐らくはあの噂が関係しているのであろう。
「帰蝶、あの噂は誠なのか」
「はい?」
「お前の兄上、新九郎殿は道三殿の息子ではないという噂じゃ」
まぁ…とでも言うように帰蝶は夫の発言に顔を顰めた。
「なんだ」
「…いいえ。そういう噂もございますが、あくまでも噂でしかないと」
そう言われるとふんっと鼻を鳴らして、信長は腰を下ろした。
「真偽はともかく、義兄上は随分振り回されているようじゃの」
可哀想な男だ、と信長は思う。
息子である証も、息子でない証もないのだから悩み続けるしかない。
それがずっと頭の深いところにこびりついてしまったのだろう。
その結果、誰も信じられなくなる。
ふと、その男の倅を思い出した。
人を殺すのは嫌だ、などと戯言を吐く童。
あのままでは戦乱の世を生き抜けまい。
あの童は今ごろ何をしているのだろうか。
祖父と父の争いを前に泣いているのだろうか。
「さて、どうなる?」




