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火蓋は切られる


その日はやけに慌ただしかった。


いつも周りにいる長井先生は一回も来ず、乳母さんにお世話してもらった。

会う約束をしていた六郎も断りの連絡をさっき受けた。


「…何かあったのですか?」


隣で元ちゃんを抱えるお常さんに聞く。

この場にいるのは俺と妹たちと彼女だけである。


「若が気にするようなことではございませぬ」


お常さんが誤魔化すように言う。

絶対なんかあったでしょ。

さっき重元さんに呼び出されて小兵衛が出ていった。

その件かな。


「兄上?大丈夫にございますか?」


「ん?」


「お顔色がよろしくないので…」


ふと自分の顔を触ってみるが、特に何も変化を感じない。

単にこの異様な雰囲気に飲まれているのか。


「いや、大丈夫だ」


いけない、いけない。

妹の前で不安そうにするとか。

兄としてちょっと違うもんね。


「…若」


小兵衛が襖をちょっと開けて俺を呼んだ。

いつになく真剣そうな顔である。

いやな予感がする。


「どうした?」


小兵衛は部屋の中を見た後、


「ここでは少し…」


と言った。

貞ちゃんたちにあまり聞かせられない話かな。


「ちょっと行ってくる」


三人に断りを入れて、小兵衛と二人で隣の部屋に移動した。


小兵衛は座り込んだ後、どう言い出すか迷っている様子だった。

若干貧乏ゆすりしている。


「…どうしたの?」


「…はい」


「遠慮なくいいよ」


小兵衛はようやく覚悟を決めたように顔を上げた。


「殿が…孫四郎殿と喜平次殿を討ったようです」


その瞬間、大きな驚きと納得が俺を襲った。


「…そう」


いつからこうなると思っていたのだろう。

先日隼人佐殿と会った時からだろうか。

三郎殿…上総介殿に断言された時からだろうか。

もっと前、父上から大殿の愚痴を聞いていた時からだろうか。


「大殿は?」


「報せを聞いた後すぐに、大桑城までお逃げになったと。しかもその報せは殿自ら使者を送ったとのこと」


こうなった以上戦は避けられない。

どこか冷静に考えている自分がいた。

染まりすぎかなー戦国時代に。


「俺は…ここにいたままでいいのかな」


「構わない」


バッと顔を上げると父上がいた。

いつもと違い、剣呑な雰囲気を漂わせている。


「…父上」


「喜太郎、お前は何もするな」


部屋に入ってきた父上が俺の肩をつかむ。

そして脅すような口調で言う。


「…しかし父上」


「何もするな、ここの部屋から出るな。分かったか」


父上を見つめ返す。

…鋭い眼光はおじいちゃんそっくりだな。


「お前のために…と言いたいところだが」


「そうではないな」


「これは私のための戦なのだ。分かってくれ」


そうやって懇願されると言い返せなくて、ただ俺は頷いた。



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