第五話 神の国の仕事術
第五話 神の国の仕事術
翌朝――。
マルセイユ公爵家の朝食は、いつも通り静かに始まるはずだった。
「アーノルド様」
だが、その静寂を破ったのは、新妻のアウルルだった。
「本日、執務をお手伝いさせていただきますわ」
パンに手を伸ばしていたアーノルドの動きが止まる。
「……本気か?」
「もちろんですわ」
アウルルのにこやかに微笑むその表情に、迷いはない。
昨夜の宣言が、ただの勢いではなかったことを思い知らされる。
「……そういえば、神の国の仕事術を見せてくれるのだったな」
「はい、効率化ですわ」
即答だった。
その横で――
「わたくしも行きますわ!」
勢いよく手を挙げたのは、妹のユーニフルムだ。
「ユーニフルム?」
「興味がありますもの! 神の国の仕事術はどんなものなのか?」
きらきらとした瞳で見つめてくる。
(……これは断れんな)
アーノルドは小さくため息をついた。
「……分かった。だが、邪魔はするなよ」
「はい!」
「お任せください」
二人の返事は見事に揃っていた。
こうして――
公爵家の執務室に、嵐が訪れることになる。
◇
そして、朝食後、執務室では――
「……っ」
アーノルドは、ふらりと身体を揺らしていた。
目の前には、山のような書類。
終わらない仕事。
減らない紙束。
「アーノルド様、少し休まれては」
「休んでいたら仕事が終わない……」
ヘルナンデスもまた、疲労の色を隠せない。
二人とも、すでに限界に近かった。
そのとき――
「お待たせしましたわ」
軽やかな声とともに、扉が開いた。
アウルルとユー二フルムが現れる。
「……来たか」
アーノルドは苦笑する。
「これは……ひどいですわ」
部屋を見渡したアウルルの第一声は、それだった。
「ひどい、だと?」
「はい」
きっぱりと言い切る。
「このままでは、効率が悪すぎて、仕事が進みません」
「……」
否定できなかった。
事実だからだ。
「神の国の事務仕事をお伝えしますね」
その言葉に、ヘルナンデスが反応する。
「それは……どのような効果があるのですか?」
「そうですね」
アウルルは少し考え――
「今の、十分の一の時間で終わります」
「「なに?」」
二人の声が揃った。
「……本当か?」
「はい」
迷いのない答えに驚く二人。
アーノルドは、机の山を見た。
そして――
「……やるしかない」
即決だった。
「藁にも縋る思いだが……」
「賢明な判断ですわ」
にっこりと笑うアウルル。
次の瞬間――
「お持ちしました!」
侍女たちが、次々と籠を運び込んできた。
全部で――九個。
「……なんだこれは」
「仕分け用です」
当然のように言うアウルル。
「まずは――」
彼女は一つの籠を指した。
「今日の予定の書類を、この籠Aに入れてください」
「……なるほど」
「次に、一週間以内の仕事は、籠Bに入れてください」
「ふむ」
「そして、それ以降の締め切りは籠Cです」
予想よりもシンプルだった。
だから、理解できた。
「……やるぞ」
四人はすくに動いた。
仕分け。
ひたすら仕分け。
最初は戸惑いながらも、次第に手が動き出す。
そして――
「終わりましたわ」
机の上の山は、三つに分かれていた。
「……減ったのか?」
大きな山が3つの籠に仕分けされた。
「ここからが重要です」
アウルルの目が鋭くなる。
「今日の籠Aの中から――さらに分けます」
アウルルの指示が飛ぶ。
「アーノルド様でなければできない書類をA1へ」
「……うむ」
「他の者でもできるものはA2へ」
「なるほど」
「そして、相談が必要なものは、A3に分けます」
「……!」
ヘルナンデスの目が見開かれた。
「それは……」
「はい。これが最も重要です。ついでにBとCの籠も仕分けます」
再び仕分けが始まる。
そして――
「できましたわ」
机の上には、九つの籠。
綺麗に整理された書類。
「……なんということだ」
さっきまでの混沌が、嘘のようだった。
「まずはこちらです」
アウルルはA3の籠を手に取り、アーノルドに渡す。
「……三枚?」
「はい」
「これだけか?」
「はい」
アウルルは可愛らしい笑顔で答える。
「これを終わらせるためには、関係者を呼ぶ必要があります」
侍女に関係者を呼ぶようにと指示が飛ぶ。
「その間に――」
次はA2。
「こちらはヘルナンデス様と執事にお任せします」
「12枚だな、任された」
「そして――」
最後にA1。
「これがアーノルド様の仕事です」
「……五枚?」
思わず声が漏れる。
「これだけでいいのか?」
「はい」
アウルルは頷いた。
「仕事は、皆で振らないと終わりません」
「……」
「アーノルド様は、あなた様にしかできないことをなさるべきですわ」
まっすぐな言葉だった。
「他の者ができる仕事を、わざわざご自身でやる必要はありません」
「……確かに」
「ただし――」
一つ、指を立てる。
「最終確認は必要ですわ」
「確認か」
「はい。報告を受ければよいのですわ」
合理的だった。
無駄がない。
そして――圧倒的に現実的。
「……やるぞ」
アーノルドは、A1の書類を手に取った。
◇
その後、関係者が訪れて、A1の仕事も順調に進んだ。
結果――
「……終わったぞ」
アーノルドは呟いた。
窓の外を見る。
まだ昼前だった。
「ありえん……」
これまでなら、一日かかっても終わらない仕事量。
それが――半日もかからず今日のノルマは終わったのだ。
「お見事ですわ」
アウルルが微笑む。
「……これは、すごいな」
ヘルナンデスも感嘆していた。
ユー二フルムは、完全に目を輝かせている。
「お兄さま! すごいですわ!」
「いや、すごいのは――」
アーノルドは、アウルルを優しい眼差し見る。
「アウルルだ」
「いいえ」
彼女は首を振る。
「仕組みを作っただけですわ」
「……仕組み、か」
「はい」
机に残る書類を指差す。
「時間がある時は、B1の中から、急ぎのものを優先すればよいのです」
「なるほど……」
「そうすれば、仕事はどんどん減っていきます」
その言葉通りだった。
未来が見える。
終わらないと思っていた仕事に、終わりが見えた。
「……すごいな、本当に」
アーノルドは、心からそう思った。
「仕事は振り分けるか……神の国の知識、すごいな」
「推し活のためには、効率化が命でしたから」
柔らかく微笑むアウルル。
その姿に、アーノルドはドキッとした。
(……これは)
それと同時に、アーノルドは確信する。
(公爵家は、アウルルと共に変われる)
そして――
この変化が、やがて王国を揺るがす動きに発展することになるとは。
この時は、まだ誰も予想できなかった。




