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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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第三十話 エリオット王子とフローラ皇女の恋の行方

第三十話 エリオット王子とフローラ皇女の恋の行方



 その日の夕刻。

 マルセイユ公爵邸の一角、重厚な扉に守られた執務室の前で、勢いよくノックが叩きつけられた。


「開けてくれ、アーノルド!」

「……嫌な予感しかしねえな」


 机に向かっていたアーノルドが顔をしかめる。

 隣で書類に目を通していたアウルルは、くすりと微笑んだ。


「お通ししてよろしいのでは?」

「はあ……好きにしろ」


 許可と同時に扉が開き、金髪の青年――エリオットが飛び込んできた。


「頼む、相談に乗ってくれ!」

「やっぱりか……」


 額を押さえるアーノルドをよそに、エリオットは真剣な表情で言い放つ。


「このままでは、フローが帰ってしまう!」

「……は?」

「夏が終われば、彼女はプロイセ帝国へ帰る。もう二度と会えないかもしれないんだ」


 その言葉には、焦燥と決意が滲んでいた。


「だから――」


 一拍。


「プロポーズする」


 室内の空気が、ぴたりと止まる。

 アーノルドが呆れ顔でエリオットを見つめる。


「……お前、本気か?」

「ああ」


 迷いのない即答だった。

 エリオットの顔は真剣そのまもだった。

 アーノルドは深く息を吐き、椅子の背に体を預ける。


「その前にやることがあるだろうが」

「……何?」

「変装を解け」


 きっぱりと言い切った。


「相手も、まさかこの国の王太子が辺境でふらふらしてるとは思ってねえだろ。

 まず身分を明かせ。それが筋だ」

「……」


 エリオットはわずかに目を伏せる。

 だが、すぐに顔を上げた。


「分かっている。だが、それでも――今はただ、この想いを伝えたい」

「順番が逆だって言ってんだ」

「それでもだ」


 強い声だった。


「彼女は……プロイセ帝国で婚約破棄されたばかりなんだ」


 アーノルドの眉がわずかに動く。


「心に傷を抱えて、この地に静養に来ている。もしかしたら、まだ元婚約者を想っているかもしれない」


 エリオットは、静かに、しかし確かに震える声を出す。


「それでも――私は、この気持ちを伝えたい」


 エリオットのあまりにも悲痛な姿に、アウルルがそっと口を開く。


「フロー様は、おそらく高いご身分の方でしょう。マリーナ様のご友人ですもの」

「そうかもしれない」

「身分的には問題ない可能性が高いですが……」


 言葉を選びながら続ける。


「もし仮に、そうでなかったら、どうされるおつもりで」

「関係ない!」


 決心した強い口調で即答した。


「たとえ彼女が平民でも構わない。私は――彼女と結婚する」

「……おい、それはさすがに」


 アーノルドが呆れたように言う。


「王太子が平民と結婚? 現実見ろ。せめて伯爵令嬢までだろう」

「それでもだ」


 エリオットは一歩も引かない。

 その覚悟を見て、アウルルがふわりと微笑んだ。


「もし伯爵令嬢であっても、その時は――」


 優雅に頷く。


「わたくしたちが後ろ盾になってお支えいたしますわ」

「……アウルル嬢」


 エリオットの表情が緩む。


「ありがとう」


 心からの言葉だった。

 アーノルドは盛大にため息をついた。


「……勝手にしろ。ただし、面倒は起こすなよ」

「善処する」

「だからそれが信用できねえんだ!」


 怒鳴り声が執務室に響いた。


 ◇


 その夜、マルセイユ公爵邸の

 月明かりに照らされた庭園は、昼とは違う静寂に包まれていた。

 月明りと頼りに、二人の若い男女の姿があった。


「フロー」


 呼びかけると、彼女は振り返った。

 だが――その表情は、どこか沈んでいる。


「……どうした?」


 エリオットがそっと近づく。


「元気がないように見える」


 心配そうにするその一言に、フローの瞳が揺れた。

 そして――


「……悲しいのです」


 フローはじっとエリオを見てぽつりと呟く。


「もうすぐ夏休みが終わります。そうしたら……エリオ様と、お別れです」


 彼女の声が弱々しく震える。


「それが……とても、悲しいのです」


 ぽろり、フローのアメジストのような瞳から涙がこぼれた。

 その瞬間――エリオットの中で、何かが確信へと変わる。


(同じだ)


 自分と同じ想い。

 同じ苦しさ。

 同じ――離れたくないという願い。


 エリオットは静かに一歩前へ出ると、彼女の手を取った。

 そして、その場で跪く。


「フロー」


 愛おしい想いでフローを見上げる。


「私も、君と離れるのは辛い」


 一呼吸置いて続ける。


「それは――君を愛しているからだ」


 フローの瞳が大きく見開かれる。


「どうか――私と結婚してほしい」


 真っ直ぐな言葉だった。

 そして、沈黙が流れる。

 エリオはフローの返事をじっと待つ。

 そんな二人の間を夜風が通り抜ける。


「……嬉しい」


 フローの口元は小さくそう呟いた。

 だが――

 ゆっくりと、首を振る。


「でも……ごめんなさい」

「……?」

「わたしは……あなたに、嘘をついています」


 フローは頭を左右に振る。


「この姿は、変装なのです」


 胸元のペンダントに手を当てる。

 紫色の宝石が、淡く光を帯びた。


「わたしの、本当の姿は――」


 魔力が流れ込む。

 光が、彼女の身体を包み込む。


 そして――

 そこに現れたのは、先ほどよりもさらに気品に満ちた少女。


 蒼い髪はより深く輝き、紫の瞳は宝石のように澄んでいる。

 その姿を見た瞬間、エリオットは息を呑んだ。


「……あなたは……」


 エリオは驚きながら、震える声で続けた。


「プロイセ帝国第五皇女――フローラ様……」


 少女は、静かに頭を下げた。


「……ごめんなさい。これが本当のわたしの姿なのです」


 その姿に、エリオットは一瞬言葉を失う。

 だが――

 やがて、小さく笑った。


「謝る必要はないよ」

「……え?」

「なぜなら」


 ゆっくりと、自らの胸元に手をかける。


「私もまた――変装しているのだから」


 魔力が解放される。

 光が弾ける。

 現れたのは――威厳と気品を纏った王太子の姿。

 フローラの瞳が大きく揺れた。


「ま、まさか、エリオット王子……?」

「そうだ」


 静かに頷く。


「改めて――」


 再び、彼女の前で跪く。

 手を取り、真っ直ぐ見つめる。


「フローラ皇女」


 一呼吸置いて、愛おしそうにフローラ皇女を見つめながら口を開いた。


「私と結婚していただけないだろうか」


 その言葉に――

 フローラの紫色の瞳から、涙が溢れた。


「……ごめんなさい」


 彼女は小刻みに震え、小さな声を発する。


「わたしも……あなたをお慕いしています」


 だが――

 小さく首を振る。


「でも、わたしは皇女なのです」


 月明りの下、彼女の涙が頬を伝う。


「だから……わたしの意思では結婚できないのです。ごめんなさい」


 そのまま、背を向ける。


「――!」


 エリオットは呼び止めようとしたが、声は出なかった。

 フローラは振り返らない。

 そのまま、夜の庭園の奥へと、月明りが届かない闇へと消えていく。


 残されたのは――

 ただ一人、立ち尽くすエリオット。


 手の中に残る、かすかな温もりだけが現実だった。

 夏の夜風が吹く。

 だがそれは、どこか秋を思わせる冷たさを帯びていた。

 静かな庭園に、彼の想いだけが取り残されていた。

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