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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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第二十八話 アーノルドとアウルルの屋台デート

第二十八話 アーノルドとアウルルの屋台デート



 エリオットとアウルルの話し合いから数日後。

 マルセイユ公爵領の領都、その城下町は、今日も活気に満ちていた。


 だが――。

(表から見えるものが、すべてとは限りませんわ)


 銀の髪を布で隠し、質素な外套を纏った少女――アウルルは、静かに周囲を見渡していた。

 その隣には、同じく変装したアーノルド。

 とはいえ――


「……どう見ても、ただの一般人じゃねぇな」


 すれ違う人々が思わず振り返るほどの、赤髪に鍛え上げられた巨体は隠しきれない。


「仕方ありませんわ。アーノルド様ですもの」

「開き直るな」


 小声でのやり取りに、アウルルはくすりと笑う。

 今回の目的は、領都の“実態”を自分の目で確かめること。


 報告書は信用できる。

 だが――それだけでは足りない。


(隠されていることが、あるかもしれませんもの)


 貴族の目に入る情報など、いくらでも加工される。

 だからこそ、こうして“お忍び”で足を運んだのだ。

 ――そして。


「おい、アウルル」

「はい?」

「……腹減った」


 真顔で言い放つアーノルドに、アウルルは一瞬だけ目を瞬かせ――


「ふふっ……分かっておりましたわ」


 すぐに笑みを浮かべた。

 視線の先には、香ばしい煙を上げる屋台。

 焼き肉の匂いが、通りに漂っている。


「やっぱり肉だよな」

「ええ。アーノルド様らしいですわ」


 二人は屋台へと歩み寄る。

 串に刺さった肉がじゅうじゅうと焼かれ、脂が弾ける音が耳に心地よい。


「二本くれ」

「はいよ!」


 豪快に肉を受け取るアーノルド。

 そのまま一口でかぶりついた。


「……うまい」

「ふふ」


 アウルルも小さく一口。

 ――その瞬間。


(ああ……)

 ふわりと、懐かしい感覚が胸をよぎる。


(前世で……こうして屋台で食べ歩きしたことがありましたわね)

 祭りの夜。

 賑やかな人混み。

 手に持った食べ物の温かさ。

 その記憶が、今と重なった。


「どうした?」

「いえ……少し、懐かしくて」

「公爵令嬢が屋台で食べ歩くのか……」


 不思議そうにアウルルを見つめながらも、アーノルドの表情はどこか柔らかい。

 二人並んで歩きながら、屋台を巡る。


 それはまさに、愛し合う者同士の姿であった。

 そんな穏やかな時間が流れていた、そのときだった。


 ――路地の奥。

 人目の届きにくい場所で。


「やめて……ください……」


 小さな悲鳴が、聞こえた。

 アウルルとアーノルドは同時に足を止める。


 視線を向けると――

 そこには、花を抱えた少女。


 十歳ほどだろうか。

 痩せた体に、くたびれた服。

 そして――


「ここはアクーオ様の縄張りだって言ってんだろうが!」


 怒鳴り声。

 少女の前に立つのは、粗暴な男。


「許可もなく商売してんじゃねぇ!」


 拳が振り上げられる。

 その瞬間――

 バシッ。


「……あ?」

 男の拳は、空中で止まっていた。

 いや――

 止められていた。


 アーノルドの右手によって。


「……何してる」

 脅しの効いた低く、冷たい声。

 先ほどまでの穏やかな空気は、跡形もない。


「な、なんだテメェ!」


 男――ザーゴン26歳は顔を歪める。


「正義の味方気取りか? あぁ?」

「ここで何をしているのだ、答えろ」


 一歩踏み出すアーノルド。

 その圧に、ザーゴンが一瞬たじろぐ。

 だが――


「チッ……囲め!」


 叫びと同時に、周囲から四人の男が現れる。

 計五人。

 チンピラたちが、アーノルドを囲んだ。


「腕に自信があるみたいじゃねぇか」

「だが、この数には勝てねぇぞ?」


 ニヤニヤと笑う男たち。

 そして――


「……お?」

 

 一人が、アウルルに気づいた。


「なんだ、綺麗な女連れてんじゃねぇか」

「へぇ……これはいいな」


 下卑た視線が向けられる。

 その瞬間。

 ――空気が変わった。


「……あ?」


 次の瞬間には。

 ドゴッ!!

 ザーゴンの体が宙を舞っていた。


「がはっ――!?」


 地面に叩きつけられる。

 さらに。

 バキッ! ドンッ! ガッ!!

 右の拳がさく裂。

 回し蹴りが男たちを襲う。


 一切の無駄がない動きで、アーノルドは男たちを次々と叩き伏せる。

 ほんの――数秒。

 それだけで。


「……は?」


 最後に残された一人が、呆然と立ち尽くす。


「ば、化け物……」


 その言葉を最後に――

 ゴンッ。

 沈んだ。

 そして、静寂。

 地面には、うめき声を上げる五人の男。


「……次はどいつだ?」


 アーノルドが静かに問う。

 返事は、ない。

 完全な沈黙だった。


「行くぞ」


 何事もなかったかのように言うアーノルド。


「はい」


 アウルルは頷き、少女のもとへ歩み寄る。


「大丈夫ですか?」

「……っ」


 少女は怯えたまま、こくりと頷いた。


「お名前は?」

「……ナヴェットです」

「ナヴェットちゃんね」


 優しく微笑むアウルル。


「何があったのか、教えていただけますか?」


 少しずつ、少女は話し始めた。

 ――自分は孤児院の子供であること。

 ――最近、孤児院に怖い男たちが現れ、金を払えと脅されていること。

 ――払えなければ、孤児院を壊すと言われたこと。


「だから……少しでも……」


 震える声。


「お金を……稼がないと……」


 その言葉に。

 アーノルドの眉が、ぴくりと動いた。


「……誰だ」

「え?」

「アクーオってのは」


 低く、抑えた声。


「……この辺りを仕切ってる人で……」

「チンピラの親玉か」


 アーノルドは溜まらす舌打ちする。


 一方で、アウルルは静かに目を伏せた。

(やはり……ありましたわね)


 影。

 報告書には載らない現実。

 そして――


(これは、放置できませんわ)

 ゆっくりと顔を上げる。


「ナヴェットちゃん」

「……はい」

「その孤児院へ、案内していただけますか?」

「え……?」

「事情を、詳しく伺いたいのですわ」


 柔らかな声音。

 だが、その瞳には確かな意志が宿っていた。


「……はい」


 少女は小さく頷いた。


「よし、行くか」


 アーノルドが肩を回す。


「面倒な話になりそうだな」

「望むところですわ」


 アウルルは微笑む。

 それは――

 商人の顔ではない。

 領主としての顔だった。


 ◇


 こうして。

 二人は少女に導かれ、街の奥へと歩き出す。

 華やかな表通りから外れ。


 徐々に、人の気配が薄れていく。

 やがて辿り着いたのは――


 古びた建物。

 壁はひび割れ、屋根もところどころ崩れている。


「ここが……」

「はい……孤児院、です」


 ナヴェットの声は、どこか申し訳なさそうだった。

 その光景を見て。


 アーノルドは無言で拳を握り――

 アウルルは、静かに息を吐いた。


(……なるほど)

 すべてを理解した。


 この領地は、変えなければならないことが多いわ。

 ――いや。

 変えなければならない。


「入りましょう」


 そう言って、扉に手をかける。

 軋む音とともに開かれたその先で。

 新たな現実が、二人を待っていた。

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