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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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第二十七話 フローラ皇女の恋

第二十七話 フローラ皇女の恋



 フローラ皇女視点


 ――どうして、こんなことに。

 わたしは何度、その言葉を胸の内で繰り返しただろう。


 ピロシキ語の教本。

 歴史書。

 文化に関する記録。


 それらはすべて、わたしの部屋に積み上がったまま、今はもう意味を失っている。

 来春の学院の卒業と共に、わたしはピロシキ帝国へ嫁ぐはずだった。


 そのために学び、そのために備え、そのために――自分を整えてきた。

 それなのに。


「隣国との紛争により、フローラ皇女との婚約を破棄する」


 思い出すだけで、胸の奥が軋む。

 わたしは、人ではなく――ただの駒だったのだと、突きつけられた気がした。


 皇女として、それは理解している。

 理解している、けれど。


「……っ」


 唇を噛む。


 悔しい。

 悲しい。

 そして――どうしていいのか、分からない。


 次の縁談は、おそらく条件の悪いものになる。

 後妻か、側室か。


 それが現実だ。

 分かっているのに。


(それでも……)


 ――誰かに、必要とされたい。


 そんな、物語のような願いが、胸の奥に残ってしまっている。

 愚かな願いだと、自分でも分かっているのに。


 ◇


「……フローラ様」


 その声に、現実へ引き戻される。


 学院の中庭。

 わたしの親友――フライブルク侯爵令嬢が、心配そうに覗き込んでいた。


「元気がありませんわね」

「……そんなことは」

「ありますわ」


 即答だった。


 思わず苦笑が漏れる。


「婚約破棄など、気にする価値もない相手ですのに」

「……そう、思えれば楽なのだけれど」


 視線を落とす。


 悔しさは、簡単には消えてくれない。


 そんなわたしに、彼女は少しだけ表情を和らげて言った。


「では、気分を変えましょう」

「え?」

「夏休み、わたくしの領地へいらっしゃいません?」


 その一言が、わたしの世界を少しだけ動かした。


 ◇


 フライブルク侯爵領。


 そこは、帝都とはまるで違う場所だった。


 広がる草原。

 遠くの山々。

 澄んだ空気。


「……綺麗」


 思わず、そんな言葉が漏れる。

 心が、少しだけ軽くなる。


 そして、一ヶ月後――


「結婚パーティー、ですか?」

「ええ。フランセ王国のマルセイユ公爵領で行われるものですわ」


 隣国。

 フランセ王国。


 正直に言えば、興味があった。


 もし、婚約破棄されていなければ――

 一年後、わたしはピロシキ帝国で花嫁として、あのような場に立っていたはずなのだから。


「……行ってみたいわ」


 気づけば、そう答えていた。


 ◇


 パーティー会場。


 煌びやかな灯り。

 華やかな音楽。

 笑顔、笑顔、笑顔――。


 その中心にいたのは、新郎新婦。

 赤髪の凛々しい体格のアーノルド公爵と、銀髪に月の女神のように美しいアウルル嬢。


 互いを見つめるその表情は――


「……幸せそう」


 胸が、少しだけ締め付けられる。

 あんなふうに笑える日が、わたしにも来るのだろうか。


 大勢の人たちに祝福されて。

 愛する人に望まれて。


(わたしも……)


 ――あんなふうに、なりたい。

 その時だった。

 あれ? みなさん、どこに行ったのかしら?

 いつの間にか友人たちと逸れていた。

 キョロキョロと周りを見ながらフライブルク令嬢たちを探すが、見つからない。

 

「お困りのようですね」


 そんな時、不意に、声をかけられた。

 振り向くと、そこにいたのは――


 金の髪の青年。

 柔らかな笑みを浮かべた、見知らぬ綺麗な男性。

 その容姿に思わず見惚れてしまった。


「え……あの……」


 言葉が出ない。

 フランセ語が、あまりわからないのだ。

 今までピロシキ語の練習ばかりしていたからだ。

 

「……あの、すみません。フランセ語はあまりわからないので……」


 焦るわたしは、プロイセ語で話してしまう。


「どうしましょう。マリーナがいれば……」


 しかし、その美しい男性は、流れるようなプロイセ語で話掛けてくれたのだった。


「よろしければ、ご一緒に探しましょうか?」

「まあ、プロイセ語がわかるのですね」

「はい、少々」


 その一言で、肩の力が抜けた。


「では、ご案内しますか?」

「ありがとうございます!」


 ほっと息をつく。


「フロー、と申します」

「僕はエリオ」


 フローとは偽名。

 ほんの少しだけ、胸が痛む。


 けれど――

 彼は気にする様子もなく、自然に話し始めた。


 文学の話。

 歴史の話。

 好きな本の話。


「それ、わたしも好きです」

「本当かい?」


 驚いたように目を見開く彼。

 それが、少し嬉しくて。


 気づけば、わたしは笑っていた。

 久しぶりに――心から。


 彼との会話は、驚くほど心地よかった。


 無理をしなくていい。

 取り繕わなくていい。


 ただ、話しているだけで楽しい。


(……どうして?)

 こんな気持ち、初めてだった。


 ◇


 だが――

 楽しい時間ほど、終わりが来るのが怖くなる。


(わたしは……皇女)


 もし、それを知ったら。

 彼はどう思うだろう。


 引くだろうか。

 距離を取るだろうか。


 それとも――


(……怖い)


 拒絶されることが、怖い。

 今の関係が壊れることが、怖い。


 だから、言えない。

 わたしは、ただの「フロー」でいるしかない。


 ◇


 ――そして、時間は残酷だ。

 夏休みは、終わりに近づいていた。


 もうすぐプロイセ帝国へ、帰らなければならない。

(このままだと……)


 もう、二度と会えない。

 そう思った瞬間――


 胸が、強く締め付けられた。


「……どうして」


 こんなにも苦しいのだろう。

 婚約破棄の時よりも。

 ずっと――。


 窓の外の夜空を見上げる。

 あの夜と同じ星が、そこにあった。


(わたしは……どうしたいの?)


 皇女として生きるのか。


 それとも――

 一人の少女として、想いを選ぶのか。


 答えは、まだ出ない。

 ただ一つ分かるのは――


 彼のそばにずっといたい。

 それだけだった。


 恋に悩むなど、愚かなことだと分かっているのに。

 それでも――


 この想いは、もう止められなかった。

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