第二十六話 アウルル、大金持ちへの道筋
第二十六話 アウルル、大金持ちへの道筋
――静寂。
先ほどまでの軽やかな空気とは打って変わり、部屋の中には張り詰めた緊張が漂っていた。
アウルルの言葉を受け、エリオットはゆっくりと椅子に背を預ける。
「……続けてくれ」
短く、だが王太子としての威圧を含んだ声音。
それに対し、アウルルは微笑みを崩さぬまま、静かに口を開いた。
「今回、マルセイユ公爵領にて金脈を発見いたしましたが――これは、ほんの一例に過ぎませんわ」
「……ほう?」
「この国には、まだ発見されていない鉱山が数多く存在しております」
その言葉に、エリオットの目がわずかに細められる。
「それを、見つける方法がある……ということか?」
「ええ」
即答だった。
迷いのない声音に、エリオットは思わず口元を歪める。
「ずいぶんと大胆な話だな」
「ですが、事実ですわ」
アウルルは一歩前に進み、テーブルの上に軽く指を置いた。
「そこで――殿下にご提案がございますわ」
「……聞こう」
「この“探鉱”に協力してくれませんか?」
その一言に、空気がさらに重くなる。
アーノルドが腕を組んだまま、じっと様子を見守っていた。
「協力……か」
エリオットは低く呟き、視線をアウルルへと戻す。
「具体的には?」
「マルセイユ領以外の各貴族領において、わたくしどもが鉱山を発見いたします」
「……他領地、か」
「ええ。そして、その際の権利配分ですが――」
アウルルは指を一本立てる。
「発見者であるわたくしが一〇%」
もう一本。
「殿下――王太子殿下に一〇%」
さらに。
「国に一〇%」
最後に。
「そして、その領地の貴族に七〇%」
「……なるほど」
エリオットは顎に手を当て、静かに考え込む。
「だが――」
鋭い視線が向けられた。
「私を参加させても意味がないのでは?」
核心を突く一言。
「マルセイユ公爵家の名を使えば、開発は可能だろう?」
もっともな疑問だった。
だが――
アウルルは、ふっと微笑む。
「確かに、自領であれば可能ですわ」
「ならば――」
「ですが」
その言葉を遮るように、静かに告げる。
「他領地となれば、話は別です」
「……どういう意味だ?」
「この方法――見られてしまえば、真似することは容易ですわ」
アウルルは淡々と続ける。
「一度でも公開されれば、他の貴族も同じように探鉱を始めるでしょう」
「……確かにな」
「そうなれば――わたくしたちの優位は、一、二件の発見で終わってしまいますわ」
そこで、アウルルはゆっくりと視線を上げた。
「ですが」
その瞳が、まっすぐにエリオットを射抜く。
「殿下のお名前があれば――話は変わりますわ」
「……ほう」
「この事業に殿下が関わっている以上、同じ方法を無断で真似ることは――」
わずかに間を置き、言い切った。
「次期国王陛下に歯向かう行為と見なされますわ」
「……!」
その言葉に、アーノルドがわずかに眉を上げる。
エリオットの目が、ゆっくりと細められた。
「つまり……」
「はい」
アウルルは優雅に頷く。
「殿下の威光そのものが、“独占権”として機能するのですわ」
静寂。
そして――
「……はは」
小さな笑いが漏れる。
「なるほどな」
エリオットは肩を揺らしながら、楽しげに笑った。
「ようするに、私の名前を使って、その方法を守りたい……ということか」
「さすがは王太子殿下。ご理解が早くて助かりますわ」
アウルルはにこりと微笑む。
その態度に、エリオットは完全に納得した様子で頷いた。
「……面白い」
そして、ふっと口元を吊り上げる。
「つまり私は、名前を貸すだけで――採掘利益の一〇%を得られるわけだな?」
「ええ」
「しかも、それが複数の鉱山となれば……」
「莫大な利益となるでしょう」
「……悪くない」
いや――
エリオットは椅子から身を乗り出した。
「素晴らしい提案だな」
その瞳には、完全に“王族としての計算”が宿っていた。
「名前だけで巨万の富を得る……か」
「ご負担は最小限に」
アウルルは静かに続ける。
「探鉱は、すべてアウルド商会が行いますわ」
「ふむ」
「殿下は国政でお忙しい身。ですので――基本的には、お名前をお貸しいただくだけで結構ですわ」
「……なるほど」
「ただし、必要な場合にはご相談させていただきますわ」
その一言に、エリオットはゆっくりと頷いた。
「いいだろう」
決断は早かった。
「その話、乗ろう」
「ありがとうございます、殿下」
アウルルは優雅に一礼する。
アーノルドは横で呆れたように息を吐いた。
「……お前ら、本当にとんでもないこと始めるな」
「今に始まったことではありませんわ」
「違いねぇ」
苦笑しながらも、どこか誇らしげだった。
◇
その後――
細かな契約が結ばれた。
権利の明文化、各領地との交渉手順、採掘後の利益分配。
すべてが慎重に、そして迅速に進められていく。
アウルルの商才と、エリオットの権威。
二つが結びついたことで、この事業は盤石なものとなった。
◇
(前世でいう――権利保護、ですわね)
契約書に目を通しながら、アウルルは心の中で呟く。
技術や方法を守るには、力が必要だ。
そして、この世界において、最も強力な“力”とは――権力。
それを最大限に利用する。
(これで……誰も簡単には真似できませんわ)
静かに、だが確実に。
未来への布石は打たれた。
◇
――後日譚。
アウルド商会・鉱山開発部は、急速に拡大していった。
まず資金面は、王太子の参加する巨大プロジェクトが注目され、
他の商会からの資金提供が行われた。
また貴族たちが、まずは自分たちの領地の鉱山を発見して欲しいと、率先して協力するようになった。
そのため、当初十名だった人員は、やがて五十名規模へと成長。
各地へと派遣され、探鉱は次々と成功を収める。
その結果――
他領地において、発見された鉱山は二〇〇以上。
さらに、マルセイユ公爵領においても十の鉱山開発に成功した。
莫大な富が、流れ込む。
そして――
「……アウルルは。いつもすごいな」
数年後のある日、アーノルドが思わず呟いた。
「アーノルド様のおかげですわ」
アウルルは穏やかに微笑む。
その言葉通り――
アウルド商会は、短期間で急成長を遂げた。
気づけば、大陸でも五本の指に入る巨大商会へと発展していたのである。
◇
静かに、しかし確実に。
一人の少女の知識と決断が――
国の経済を、動かし始めていた。




