第二十五話 アウルルの金山探鉱
第二十五話 アウルルの金山探鉱
翌日のパーティー最終日――
マルセイユ公爵邸の庭園は、再び華やかな賑わいに包まれていた。
色とりどりのドレスが風に揺れ、貴族たちの笑い声と楽団の優雅な旋律が交じり合う。
昨日とはまた違う、穏やかで明るい空気がそこにはあった。
その中で、アウルルは静かに歩を進めていた。
(さて……まずは、エリオット様の恋の橋渡しですわね)
微笑みを浮かべながら視線を巡らせると、すぐに目当ての人物を見つける。
淡い水色のドレスに身を包んだ、上品な令嬢――フランブルク侯爵令嬢マリーナである。
「マリーナ様、ご機嫌よう」
「あら、アウルル様。ごきげんよう」
柔らかく挨拶を交わし、自然な流れで隣に並ぶ。
「本日はお楽しみいただけておりますか?」
「ええ、とても素敵な催しですわ」
軽く言葉を交わした後、アウルルは本題へと入った。
「ところで――マリーナ様とご友人のフロー様に少しお話があるのですが」
マリーナの表情がわずかに歪む。
「わたくしとフロー様ですか?」
「ええ。もしよろしかったら、この夏は当家で過ごされてはどうかと思いまして?」
その問いに、マリーナは少し驚いたように目を瞬かせてから、ふと考えるように首を傾げた。
「わたくしは大丈夫ですが……フロー様は直接、お伺いしないと……」
「でしたら」
アウルルは、優雅に微笑んだ。
「フロー様にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「……!」
マリーナの目が見開かれる。
「それにマリーナ様一人だけでは心細いでしょう。こちらに滞在して我が領地のことをもっと知っていただき、
両領地の親交を深めたいと思っておりますの」
アウルルの言葉は柔らかだが、その中には、国境を挟む二つの領地が貿易で栄えるチャンスがあることを、
暗に伝えていた。
しばしの沈黙の後――マリーナは小さく頷いた。
「……素敵なお申し出ですわ。フロー様もきっと喜びます」
「本当ですか?」
「ええ、少しお待ちくださいませ」
そう言うと、マリーナは人混みの中へと歩いていった。
数分後――
彼女は、一人の少女を連れて戻ってきた。
蒼い髪に、紫の瞳。
どこか緊張した面持ちの少女――フローである。
「アウルル様、こちらがフロー様ですわ」
「は、はじめまして……」
少し拙いフランセ語で、フローは頭を下げた。
その様子に、アウルルは優しく微笑む。
「はじめまして、フロー様。昨日は大変でしたでしょう?」
「い、いえ……あの、助けていただいて……」
言葉に詰まりながらも、必死に伝えようとする姿が微笑ましい。
アウルルは静かに本題を告げた。
「この夏、マルセイユで休暇を楽しまれるのはいかがですか?」
「……はい、ありがとうございます。先ほど、マリーナからも聞いております」
フローが嬉しそうに微笑んでいた。
それから隣のマリーナとともにフローは頭を下げる。
「アウルル様、お世話になります」
「マルセイユとフランブルクに平和を」
その一言に、アウルルは満足げに微笑む。
「ええ、歓迎いたしますわ」
――こうして、話は決まった。
◇
昨夜と同じウッドデッキ。
その報告を聞いたエリオットの反応は、実に分かりやすかった。
「……本当か?」
思わず立ち上がりそうになるのを堪えながら、真剣な眼差しで問い返す。
「ええ、本当ですわ」
アウルルはくすりと笑う。
「フロー様とマリーナ様は、この夏、当家に滞在されます」
「……そうか」
その一言に、安堵と喜びが混じる。
エリオットは、ふっと息を吐いた。
「感謝する、アウルル」
「いいえ。少し背中を押しただけですわ」
アーノルドは横で呆れたように腕を組んでいる。
「……お前、珍しく表情が顔に出てるな」
「そうか?」
「出まくってる」
そんなやり取りをしながら――
エリオットとフローの“穏やかな交流”が始まった。
◇
この夏、フローとマリーナは数名の召使たちと共に、
公爵家の客室のいくつかの部屋を占有することになった。
それからエリオットとフローの楽しそうな姿が、屋敷中で見受けられた。
庭園での散歩、図書室での読書、簡単な言葉のやり取り。
どれも派手なものではない。
だが――確かに距離は縮まっていた。
「この花は……?」
「それはジャーマンアイリスだな。初夏に咲く有名な花だ」
「ジャーマン……?」
「ジャーマンアイリスだ」
拙い発音に、エリオットは微笑む。
フローもまた、少しだけ笑った。
その笑顔を見て、エリオットの胸は静かに高鳴る。
(焦る必要はない)
ゆっくりと、確かに――。
幸せな二人の時間が流れていた。
◇
一方、その頃。
アウルルはすでに次の一手へと動いていた。
「本日より、領地の視察を行いますわ」
集められたのは、アウルルが立ち上げたアウルド商会の面々と護衛たち。
商会長マカロレ、副会長カヌンを中心に、計十名。
さらにアーノルドとヘルナンデスも同行している。
「まずは馬車に乗って山沿いにあるセーヌル川へ向かいます」
「セーヌル川?」
アーノルドが眉をひそめる。
「川で魚釣りでもするつもりか?」
「それは行けば分かりますわ」
意味深に微笑むアウルル。
◇
やがて一行の馬車は、領内を流れるセーヌル川へと到着した。
澄んだ水が静かに流れる、自然豊かな場所だ。
「ここで何をするんだ?」
「砂をふるいます」
「は?」
戸惑うアーノルドをよそに、商会の者たちは手際よく準備を始めた。
網状の道具――砂ふるいを使い、川岸の沈殿した砂地をすくい上げる。
八名が川に入り、作業を開始した。
しばらくして――
「……出ました!」
声が上がる。
集められた砂の中に、わずかに光る粒。
「……砂金、ですわね」
アウルルがにやりと嬉しそうに微笑む。
「なにっ!?」
アーノルドとヘルナンデスが目を見開く。
「この上流に、金山があります」
「いや、待て」
ヘルナンデスが首を振る。
「この辺りの山にそんなものは――」
「ですが、出ていますわ」
事実を示すように、アウルルは砂金を指さした。
そして一行は――上流へと進んだ。
◇
セーヌル川は途中で二股に分かれていた。
「左右で調べますわ」
分かれて砂をふるう。
やがて――
「右ですわね」
アウルルが断言する。
さらに進むと――今度は砂金が出なくなった。
「……やはり無いだろう」
アーノルドが言う。
だが、アウルルは微笑んだ。
「いえ、ここからです」
彼女は振り返る。
「砂金が出た地点の右側の山――そこを探しましょう」
◇
一行は川から出て、山を登り周辺を探索する。
しばらくして――
「……これは」
マカロレが足を止めた。
岩肌に、白く輝く結晶が露出している。
「この白い結晶は……?」
「ええ」
アウルルは頷いた。
「この周辺に金脈がある可能性が高いですわ」
「……!」
空気が一変する。
マカロレが真剣な顔で言う。
「調査する必要がありますな」
◇
そして後日――
屋敷にて報告が上がった。
「……金脈、です」
その一言に、場が静まり返る。
「本当に……見つかったのか?」
アーノルドが呟く。
「ええ、間違いありません」
調査結果は明確だった。
この地に――金脈が存在する。
「はは……」
アーノルドが笑い出す。
「やったな……!」
領地の未来が、一気に開けた瞬間だった。
アウルルもまた、満面の笑みを浮かべる。
(前世の知識……役に立ちましたわね)
そして――
発見者として、アウルルには採掘した金の10%の権利が与えられた。
国が10%、公爵領が80%。
もっとも公爵家は鉱山の開発費を負担しなければならない。
その分、利益は減るのだが、それでも、十分すぎる利益だ。
「これで……商会も本格的に動かせますわ」
「大したもんだ!」
アーノルドはアウルルを眺めながら、豪快に笑う。
◇
その報告は、屋敷に滞在しているエリオットの耳にも届いた。
「……金山だと?」
あまりの出来事に驚きを隠せない。
「はい」
アウルルは静かに頷く。
「マルセイユ公爵領に、新たな資源が生まれました」
エリオットはしばし考え込み――
やがて、ふっと笑った。
「君は本当に、底が知れないな」
「光栄ですわ」
優雅に一礼するアウルル。
そして――
ゆっくりと顔を上げる。
「実は、殿下に一つ……ご提案がございます」
「……ほう?」
エリオットの顔が色ボケした呆けた顔から、王太子の引き締まった顔に変わる。
その目が鋭く細められる。
アウルルは微笑んだ。
「この金山に関することでございます」
静かに、しかし確実に――
新たな局面が動き出そうとしていた。




