第二十三話 エリオット殿下の新たな出会い
第二十三話 エリオット殿下の新たな出会い
それから――一月。
王都を揺るがした一連の事件は、終幕を迎えていた。
マチャドラ元公爵の罪は白日の下に晒されることなく、秘密裏に毒杯を賜りこの世を去った。
フリーランド王子もまた、王族としての責任を問われ、王族牢に幽閉され、その地位を大きく失うこととなる。
そして――
王妃マリーネットは、母国であるプロイセ帝国へ追放となった。
こうして王都は、大きな嵐を越え――
ようやく、平穏を取り戻したのだった。
季節は巡り、初夏。
青々とした木々が風に揺れ、穏やかな陽光が大地を照らす。
その日――
マルセイユ公爵領の領都にある屋敷では、華やかなパーティーが開かれていた。
大ホールと中庭を会場にした広い空間。
長いテーブルの上には、美しく盛り付けられた料理が並び、
貴族たちの談笑が、心地よいざわめきとなって広がっている。
その中心に――
「……なんで王子殿下が、こんなところにいるんだ?」
赤髪のアーノルドは、隣に座る男をじっと見つめながら、ぼそりと呟いた。
「だから言っただろう? “ただの旅人”だと」
にこやかに微笑む金髪の青年。
――エリオット王太子。
……いや、“エリオ”と名乗るその男は、
魔道具によって姿を変えていた。
髪色も、瞳の色も、わずかに印象が違う。
王族特有の威圧感も、巧妙に消されている。
だが――
「どう見ても怪しいだろうが」
「ひどいな」
肩をすくめるエリオット。
その様子に、向かいに座っていたヘルナンデスが苦笑する。
「まあまあ、アーノルド様。今回は北の避暑地が目的とのことですから」
「ついでに、お前たちの領地での結婚披露パーティーへの祝いも兼ねてな」
さらりと言うエリオット。
その言葉に――
「……ありがとうございますわ」
アウルルが、上品に頭を下げた。
その隣で、妹のユー二フルムが微笑む。
「まあ、王太子様が来てくださるなんて、嬉しいですわ」
「何か裏があるはずだ」
即答だった。
その後――
立食形式の会場へと移る。
庭に面した広間は、色とりどりの装飾で彩られ、
音楽と笑い声が、軽やかに響いていた。
「行こうか」
「はい」
アーノルドとアウルルは、自然に手を取り合い、
来客たちのもとへ挨拶に回る。
並び立つ二人は、まさに絵になる光景だった。
堂々とした体躯の赤髪のアーノルドと、
銀髪を揺らす優雅なアウルル。
新婚夫婦としての空気が、周囲にも伝わっていく。
一方で――
「……さて」
エリオットは、グラスを片手に会場を見渡していた。
(公爵家と交流がある人物を見てみようか)
視線を巡らせる。
公爵家の周辺貴族が集まっている。
驚くべきは、隣国フランブルク侯爵家の姿も見える。
だが――
「ん?」
ふと、視線が止まった。
会場の端。
人混みから少し離れた場所で、
一人の蒼い髪に、紫の瞳を持つ女性が、そわそわと辺りを見回していた。
淡い色のドレス。
整った顔立ち。
だが、その表情には明らかな“困惑”が浮かんでいる。
(……まさか迷子か?)
エリオットは小さく笑い、
ゆっくりと歩み寄った。
「お困りのようですね」
穏やかな声。
すると――
「あ……!」
女性が振り向く。
そして、次の瞬間。
「……あの、すみません。フランセ語はあまりわからないので……」
なんと彼女は――プロイセ語で返事をしたのだった。
「どうしましょう。マリーナがいれば……」
不安げなアメジストのような瞳。
その瞳に見つめられて、エリオットは自然に――
「お友達を探しているのですか?」
同じく、流れるようなプロイセ語で返した。
「よろしければ、ご一緒に探しましょうか?」
「まあ、プロイセ語がわかるのですね」
「はい、少々」
女性の表情が、ぱっと明るくなる。
「では、ご案内しますか?」
「ありがとうございます!」
ほっとしたように微笑む彼女。
その様子に、エリオットも嬉しくなり、微笑み返す。
すると、少女の頬が紅く染まるのだった。
「この会場は少し入り組んでいますからね」
「はい……初めての場所で……」
二人は並んで歩き出す。
「お名前を伺っても?」
エリオットが尋ねると、
「……フロー、と申します」
少し照れながら答える蒼い髪の少女。
「フロー、ですか。美しい名前ですね」
「そ、そんな……」
両手を頬にあて、恥ずかしそうにするフロー。
「あなたは?」
「エリオといいます」
さらりと偽名を告げる。
「エリオ様……」
小さく繰り返すフロー。
それから――
二人は会場を巡りながら、探し人を探した。
その合間に、自然と会話が生まれる。
プロイセ帝国の話からフランセ王国の話。
好きな本が一緒で、プロイセ帝国版とフライセ王国版の違いについて盛り上がり、
この領地の観光地のおすすめスポットについて語り合う。
気が付けば――
“探す”ことよりも、“話す”ことの方が楽しくなっていた。
「……あ!」
やがて。
フローが声を上げる。
「あ、マリーナがいました……!」
視線の先には、手を振る女性たち。
どうやら、探していた友人のようだ。
「よかった」
エリオットが微笑む。
「本当に……ありがとうございました」
フローは、深く頭を下げた。
だが――
別れの気配に、
ほんの少しだけ、沈黙が流れる。
そして。
「……明日も、パーティーに来られますよね?」
エリオットが、さりげなく言った。
「はい……」
「よろしければ、またお話ししませんか」
その言葉に――
フローは、一瞬だけ目を見開き。
そして、柔らかく微笑んだ。
「……わたしも、そう思っていましたわ」
嬉しそうに小さく頷く。
「では、また明日」
「はい……また明日」
そうして――
二人は別れた。
初夏の風が、そっと吹き抜ける。
新たな物語の気配を、運ぶように。
一方で。
「……あいつ、また何かやってるな」
遠くから様子を見ていたアーノルドが、呟いた。
「ふふ、楽しそうですわね」
アウルルが微笑む。
その手は、しっかりとアーノルドと繋がれていた。
騒乱を越えた先にある――穏やかな日々。
そして。
それぞれの胸に芽生え始めた、新たな想い。
夜はまだ、終わらない。




