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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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第二十二話 フリーランド王子の断罪

第二十二話 フリーランド王子の断罪



 ベルサイユ王城の一番奥にある特別な空間。

 ――王族牢。


 分厚い石壁に囲まれたその空間は、かつての豪奢な生活とはまるで別世界だった。

 湿った空気、薄暗い灯り、そして何より、自由のない閉塞感。


「ふざけるな……っ!!」


 怒号が響く。


 牢の中央に立つフリーランド王子は、怒りに顔を歪めていた。

 整えられていた金髪は乱れ、瞳には苛立ちと焦燥が滲んでいる。


「なぜだ……なぜ、このオレ様がこんな場所に……!」


 鉄格子を力任せに叩く。

 鈍い音が牢内に虚しく反響した。


「オレ様だぞ!? プロイセ帝国の皇族の血を引く、このオレ様を……!」


 胸の奥で、怒りが燃え上がる。


 母――マリーネットは、プロイセ帝国の王女。

 その血は誇りであり、絶対の後ろ盾だった。


「母上が捕まっただと……? 馬鹿な……そんなことが許されるはずがない……!」


 あり得ない。

 あってはならない。


 フランセ王国ごときが、帝国の王女に手を出すなど――。


「それに……このオレ様まで牢に入れるなど……!」


 拳を握りしめる。


「どうなるか……分かっているのか……?」


 その時だった。


 ――カツ、カツ。

 静かな足音が、廊下に響く。


 フリーランドは顔を上げた。

 鉄格子の向こうに現れたのは、二つの影。


 一人は、銀髪の少女。

 かつて自ら婚約を破棄した相手――アウルル。


 そしてもう一人は――


「……兄上」


 第一王子、エリオット。

 蒼い瞳で、静かにこちらを見据えている。


「貴様ら……」


 フリーランドの口元が歪む。

 次の瞬間、彼は笑った。


「はは……そうか、なるほどな」


 余裕を取り戻したように、ゆっくりと歩み寄る。


「アウルル」


 甘く、だが見下した声。


「今なら、婚約解消をなかったことにしてやってもいい」


 鉄格子越しに手を伸ばす。


「オレ様をここから出せ。そうすれば、お前を再び妃にしてやろう」


 傲慢な言葉。

 だが、フリーランドは本気だった。


 それが当然だと思っている。

 しかし――


 アウルルは、微動だにしなかった。

 その瞳には、かつての未練など欠片もない。


「……お断りいたしますわ」


 冷たい一言だった。


「なっ……」


 フリーランドの表情が歪む。


「き、貴様……誰に向かって……!」


 怒りが再燃する。

 だが、次の瞬間、その矛先はエリオットへと向いた。


「兄上……いや、エリオット」


 吐き捨てるように言う。


「伯爵家の女を母に持つ、身分の低い分際で……!」


 ギリ、と歯を食いしばる。


「皇族の血が流れるこのオレ様に、こんな仕打ちをして……許されると思っているのか!?」


 怒声が牢に響く。


 だが――

 エリオットは、静かに微笑んでいた。


「……そうか」


 穏やかな声。

 その態度が、逆にフリーランドの神経を逆撫でする。


「何がおかしい!?」

「いや……哀れだと思ってな」

「なに……?」


 空気が、変わる。

 エリオットはゆっくりと一歩前に出た。


「今回の件――国王並びに第一王子毒殺未遂、そして側妃毒殺事件」


 淡々と告げる。


「すでに、プロイセ帝国へ抗議文を送っている」


 フリーランドの瞳が揺れた。


「……は?」

「そして、返答も受け取った」


 エリオットは懐から一通の書状を取り出す。


「教えてやろう。お前が頼りにしていた“後ろ盾”が、どう動いたかを」


 静かに封を切る。

 そして、読み上げた。


「――フランセ王国に対し、深く謝罪する」


 その一文で、フリーランドの顔色が変わる。


「な……に……?」

「プロイセ帝国元王女マリーネットは、帝国へ引き渡しを願う。帰国後、修道院に幽閉するものとする」

「う、嘘だ……」


 声が震える。


「また――」


 エリオットは視線をフリーランドに向けた。


「甥であるフリーランドについては、フランセ王国に一任する。帝国は一切関与しない」


 沈黙。

 数秒の空白の後――


「……は?」


 間の抜けた声が漏れた。


「な、何を……言っている……?」


 理解が追いつかない。


「帝国が……オレ様を……見捨てる……?」


 あり得ない。

 そんなこと、あるはずがない。


「ふざけるな!!」


 鉄格子を叩く。


「オレ様は皇族だぞ!? 帝国の血が流れているんだぞ!!」


 だが、エリオットは静かに首を横に振った。


「皇帝は代替わりしている」

「……っ」

「そして、今の皇帝は――お前の母に甘くはない」


 現実を突きつける。


「南のフランセ王国と争うつもりもない。だからこそ、お前たちは切り捨てられた」


 フリーランドの膝が、震えた。


「そん……な……」


 支えを失った男は、脆かった。


「オレ様は……オレ様は……」


 言葉が続かない。

 すべてを失ったことを、ようやく理解し始める。


 その姿を見下ろしながら、エリオットは告げた。


「お前は、自らの愚かさで地位を失った」


 冷酷な宣告。


「マチャドラ、そして王妃の行動を知りながら黙認していた罪は重い」


 逃げ場はない。


「裁きは、いずれ下される」


 それだけ言い残し、エリオットは踵を返した。


「ま、待て……!」


 フリーランドが叫ぶ。


「兄上……いや、エリオット様……!」


 必死に縋る声。


「オレ様は……まだやり直せる……!」


 だが――

 エリオットは振り返らなかった。


 アウルルもまた、一度も彼を見なかった。

 足音が遠ざかる。


 やがて、完全な静寂が訪れた。


「……はは……」


 乾いた笑いが漏れる。

 フリーランドは、その場に崩れ落ちた。


 もはや、王子の面影はない。

 ただの――すべてを失った男だった。


 ◇


 それから五年後。

 エリオットは王として即位する。


 王国は安定し、かつての混乱は影も形もなくなっていた。

 

 そして――

 その裏で、一つの裁きが執行される。


「……これを」


 差し出された杯。

 中には、透明な液体。


「……毒、か」


 フリーランドは呟く。

 皮肉なものだ。


 すべての始まりとなったものが、自らの終わりとなる。


「最期に、何か言い残すことはあるか」


 淡々とした問い。

 フリーランドは、しばし黙った後――


 小さく笑った。


「……オレ様は、間違っていなかった」


 だが、その声には、かつての力はなかった。

 震えていた。


「ただ……」


 言葉が詰まる。

 そして――


「世界が……間違っているだけだ……」


 そう呟き、杯を手に取る。

 もう、抗う力はない。


 一息に飲み干した。


 数秒後――

 その体は、静かに崩れ落ちた。


 こうして、一人の愚かな王子の物語は幕を閉じた。

 誰にも惜しまれることなく。

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