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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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第二十一話 マチャドラ元公爵の断罪

第二十一話 マチャドラ元公爵の断罪


 ――暗い。


 石の壁に囲まれた貴族牢は、昼か夜かも分からぬほど光を拒んでいた。

 マチャドラは粗末な寝台に腰を下ろし、微動だにせず考え続けていた。


(どうしてこうなったのだ……)


「……なぜだ」


 ぽつりと呟きが漏れる。


「なぜ、こうなった……」


 拳を握る。

 震えはない。ただ、空虚だけがあった。


(わしの……どこが悪かったのだ?)


 信じていた密偵からの誤報。

 信じていたヤンガンはすでに倒されていた。

 すべてが罠だったのか。


 ――いや、違う。


(わしが見抜けなかっただけだ)


 歯を食いしばる。

 遅れて、悔しさが込み上げてくる。


「……アーノルドの策に騙されたのか」


 その一言に、すべてが詰まっていた。


 公爵家を取り戻せるという焦り。

 アーノルドなど剣しか取り柄のない愚か者だという慢心。

 そして――娘ベルマッタを王妃にするという欲望。


(……なぜこうなった)


 思考が巡る。

 まるで世界そのものが、自分の公爵就任を拒んでいるかのようだった。


(なぜ、わしが公爵になってはいけないのだ)


 虚空を睨む。


 ――幼い頃の記憶が蘇る。


 父の執務室。

 厳格な顔。

 そして、告げられた一言。


『跡取りは、お前の兄だ』


 あの瞬間の感覚は、今でも忘れられない。


(なぜだ……)


 兄は平凡だった。

 剣も政も、何一つ抜きん出たものはない。


 対して自分は違った。

 頭脳も判断力も才覚も――すべてにおいて兄より上だった。


 それなのに。


『お前は伯爵家へ養子に出す』


「……ふざけるな」


 低く、怒りが滲む。


(なぜ、わしが伯爵家に……優秀なわしが)


 公爵家の血を引きながら。

 誰よりも優れていたはずの自分が。

 なぜ外へ追いやられなければならなかったのか。


「……許せぬ」


 その想いは消えなかった。

 むしろ、深く濁り、歪んでいった。


(だから、奪った)


 父の死後。

 兄とその息子をヤンガンに命じて暗殺した。

 そしてフリーランド王子を味方につけ、公爵の座を奪った。


(わしが正しかったのだ)


 そう思わなければ、自分を保てなかった。


 その時――

 鉄の扉が重く軋んだ。


「……誰だ」


 顔を上げる。


 現れたのは二人。

 一人は赤髪の青年。

 もう一人は、気品ある銀髪の少女。


「……アーノルドか。何しに来た」

「叔父上」


 静かな声。

 感情を押し殺した、冷たい響き。


「……お前はアウルルか」


 マチャドラは二人を睨む。


「何の用だ」

「聞きたいことがある」


 アーノルドが一歩前に出た。


「……なぜだ」


 低く問う。


「なぜ、父上と兄上を殺した」


 空気が張り詰める。


 沈黙。


 そして――


「……はっ」


 マチャドラは鼻で笑った。


「そんなことか」


 ゆっくりと立ち上がり、アーノルドを睨みつける。


「お前の父のような無能が、公爵になって何ができる」


 吐き捨てる。


「公爵家は停滞するだけだ」

「……何だと」


 アーノルドの目が細まる。


「わしならば違った」


 胸を張る。


「娘を王子に嫁がせ、外戚となることもできた。公爵家はさらに栄えた」


 その声には確信があった。


「それを、あの愚かな父は理解しなかった」


 拳を握る。


「だから排除したまでだ」


「……ふざけるな!」


 アーノルドの怒声が響く。


「そんなくだらない理由で――父上と兄上を殺したのか!」


 だがマチャドラは嗤う。


「くだらない、だと?」


 目に狂気が宿る。


「お前には分かるまい」


 一歩踏み出す。


「貴族にとって、権力こそがすべてなのだ」


 断言する。


「力なき貴族など、ただの飾りに過ぎん」


 それは歪んだ信念だった。


「わしは、正しい道を選んだ」


 沈黙。


「……呆れたな」


 アーノルドが静かに言う。


「それが、お前の答えか」

「そうだ」


 迷いのない返答。


 その時――


「――なるほどですわ」


 アウルルが口を開いた。


「理由が、よく分かりましたわ」


 微笑み。

 だが、その瞳は冷たい。


「……何が分かったのだ?」


「アーノルド様のお祖父様が、あなたを公爵家に残さなかった理由ですわ」


 一歩前に出る。


「あなたが継いでいたら――」


 一拍置いて、


「マルセイユ公爵家は滅んでいたからですわ」


「……なっ」


 言葉を失う。


「貴族とは、力だけでは成り立ちませんこと。

「信頼、責任、そして守るべき者を守る覚悟――それが必要ですわ。

「あなたには、信頼が欠けていますわ」


「……黙れ」

「それはただの欲望ですわ」


 言い切る。


「強すぎる権力欲は、いずれ必ず――」


 射抜くような視線。


「身を滅ぼします」


 言い返せなかった。


(……違う)


 否定したいのに、できない。

 権力を求めた結果が、今だ。


「……ふん」


 顔を逸らす。

 だが、わずかに揺らいでいた。


 アーノルドが続ける。


「……ああ。

 お前は強すぎたんだ」


「……何?」

「欲が、な」


 その一言が重く沈む。


「だから、すべてを失った」


 睨み合いながら、沈黙が続く。


「……用は済んだ。行くぞ、アウルル」

「はい」


 二人は背を向ける。


「……待て」


 思わず声が出る。


「……わしは――」


 言葉が続かない。


「……わしは、間違っていたのか」


 かすれた声。

 アーノルドは振り返らない。


「……ああ」


 それだけだった。

 扉が閉まる。

 再び静寂が牢獄に訪れる。


「……はは」


 乾いた笑い。


「そうか……」


 天井を見上げる。


「……間違っていた、か」


 言葉は虚しく消える。

 だが胸の奥に、何かが残った。


 それが何かは分からない。


 ただ一つ確かなのは――

 もう取り戻せるものは何もない、ということだった。


「……これが、わしの末路か」


 静かに目を閉じる。

 闇が、すべてを包み込んだ。


 ◇


 数日後。

 マチャドラは毒杯を賜り、静かにこの世を去った。

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