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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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第十九話 エリオット王子の反撃

第十九話 エリオット王子の反撃


 

 フランセ王国のベルサイユ王城。

 静寂に包まれた執務室で、金髪のエリオットは蒼い瞳を見開いて確認した一枚の報告書を机に置いた。


 窓の外では、いつもと変わらぬ城下の風景が広がっている。

 だが、その穏やかさとは裏腹に、彼の内側ではすべての歯車が噛み合い始めていた。


(……やはり、そういうことか)


 アーノルドが捕らえた暗殺者ヤンガン。

 その口から語られた内容は、最初こそ荒唐無稽に思えた。


 隣国プロイセ帝国の“特殊な毒”。

 そして、“パリスグリーン”という名の毒の顔料。


 だが、点と点は繋がった。

 エリオットは静かに蒼い瞳を閉じた。


 金髪に蒼い瞳の母エリーヌがやせ細っていく姿を思い出す。

 体調を崩し頬がこけても、エリオットに会うときは、笑顔を浮かべていた。


 日に日に、痩せていく母。

 なんとかして母を救いたい。

 そんな気持ちで藁にもすがる思いで、図書館から知人まで幅広く当たった。

 しかし、それはすべて無駄になってしまった。


 王子と言っても母親の病気を治すことができない無力さ。

 なぜだ、なぜなのだ……。

 時折、苦しそうに咳をする母の横顔を、エリオットは悔しそうに眺めていた。


「エリオット、あなたを愛しているわ、幸せになるのよ」


 旅立つ2日前に聞いた母の最期の言葉が、今でも脳裏を掠める。

 母の死。

 あれは、病死だと思っていた。

 だが、心のどこかで、不審に思うところもあった。


 あの温かい母との生活を壊した者。

 その存在にエリオットの顔は強張っていた。


 許せない。

 絶対に、許せない……。

 母が何をしたというのだ。

 悪いのは、王妃マリーネットではないか。

 愛し合う父と母の生活に勝手に入り込み、この国を乱した悪の元凶。

 それを、遅効性の毒を使って、苦しむように殺すなど……外道のなすことだ。


 エリオットは静かに蒼い瞳を見開いた。

 拳が自然と握られる。


 そして――父王。

 現在、床に伏しているその姿もまた、同じ線上にあった。


(……悪は王妃、マリーネット)

 疑念は、もはや確信へと変わっていた。


「チャンドル」

「はっ」


 呼びかけに応じ、青髪の青年が一歩前へ出る。

 侍従チャンドル、二十四歳。

 エリオットが最も信頼する側近の一人だ。


「父上の食事を担当していた侍女、その家族を調べろ」

「……理由をお聞きしても?」

「何者かに脅されている可能性がある」


 短く、だが確信を込めて伝える。

 チャンドルの黒い瞳が鋭く細められた。


「……承知しました」


 ◇


 それから数日後。


「殿下、報告がございます」


 夜半。

 人払いされた執務室に、チャンドルが戻ってきた。


「話せ」

「一人、該当する侍女がおります。家族が王都外に住んでおりますが……最近、不審な動きがありました」


「続けろ」

「その家族、何者かに監視されております。そして――金銭のやり取りの形跡も」


 やはりか。

 エリオットはゆっくりと頷いた。


「確保しろ。だが、誰にも気づかれるな」

「御意」


 ◇


 その夜。

 侍女は秘密裏に拘束された。


 地下の一室。

 逃げ場のない空間で、彼女は震えていた。


「安心しろ。正直に話せば、家族の安全は保証する」


 エリオットの声は静かだった。

 だが、その圧は絶対的だった。


「……わ、わたしは……っ」


 涙を流しながら、侍女は崩れ落ちる。


「王妃様に……命じられました……!」

 すべてが、吐き出された。


 遅効性の毒。

 日々、少しずつ混ぜること。

 逆らえば家族がどうなるか分からないという脅し。


 そして――


「毒は……外から……王妃様が……取り寄せて……」


 ◇


 証拠は揃った。


 取引先の名。

 運搬経路。

 関与した人間。

 すべてが繋がった。


(……終わりだ、王妃マリーネット)


 だが、エリオットはすぐには動かなかった。

 チャンスは一度のみと好機を探った。


「……殿下?」

 チャンドルが怪訝そうに問う。


「まだだ」

 エリオットは静かに言った。


「相手は帝国の元王女であり、この国の王妃だ。証拠だけでは足りない」

「では……」

「今は、油断させる」


 ◇


 数日後。


 エリオットは突然、倒れた。

 城内は騒然となる。


「殿下が……!」

「医者を呼べ!」


 だが――それは芝居だった。


「いいか、この診断を出せ」


 密室で、エリオットは医師に命じる。


「……余命、数日?」

「そうだ。誰にも疑わせるな」


 医師は青ざめながらも頷いた。


 ◇


 その情報は、瞬く間に城中へと広がった。


 第一王子、重篤。

 回復の見込みなし。


 当然、その報は王妃のもとにも届いた。

 王妃マリーネットの嬉々なる様子がエリオットに伝わった。


(……かかったな)


 その裏で、エリオットは動いていた。

 解毒剤。

 それが最大の課題だった。


 プロイセ帝国の毒は特殊だ。

 通常の解毒では効果がない。


 だが――


「間に合いました、殿下」

 チャンドルが小瓶を差し出す。


「これが……」

「はい。入手した毒の成分から、対抗薬を調合させました」


 エリオットはそれを受け取り、強く握りしめた。

「父上を……救う」


 ◇


 それから数日。


 王の容体は、徐々に回復し始めた。

 だが、その事実は伏せられたまま。


 王は、なお“昏睡状態”ということになっている。


 ◇


 そして――その夜。


「……終わりですわ」


 王妃の寝室。


 王妃マリーネットが勝利を確信したその瞬間だった。

 扉が、静かに開いた。


「いいや、終わりなのは――あなたです」


 低く響く声。

 王妃が振り向く。


「……なっ……!?」


 そこに立っていたのは。

 “死にかけているはず”の第一王子、エリオット。


 そして、その隣には――


「マリーネット……」

 ベッドに伏していたはずの、国王。


「ば、馬鹿な……!」

 王妃の顔が、初めて歪んだ。


「すべて聞かせてもらった」

 エリオットは一歩踏み出す。


「我が母の死、そして、わたしと国王を毒による暗殺未遂。侍女がすべて吐いた」

 エリオットは蒼い瞳で憎々しげに王妃マリーネットを睨む。


「もちろん証拠も、証言も揃っている」

 もう王妃に、逃げ場はない。


「衛兵」

 その一言で、扉の外から兵がなだれ込む。


「王妃マリーネット。貴様を――王族牢へ拘束する」

 エリオットは冷酷に宣告する。


「……ふ、ふふ……」

 だが、王妃は笑った。


「そう……そうなのね……」

 その笑みは、どこか虚ろだった。


「結局……誰も、わたくしを見なかった……」

 抵抗はなかった。


 ただ、静かに――

 彼女は連行されていった。


 重い扉が閉ざされる。

 王城に、再び静寂が戻る。


「……終わったな」


 国王が低く呟く。


 だがエリオットは、答えなかった。

(本当に、終わったのか……?)


 母を失い。

 父を失いかけ。

 そして――王妃を捕らえた。


 残ったのは、あまりにも大きな空白。

 エリオットは蒼い瞳を閉じ、うつむきながら呟く。


「親愛なる母上、あなたの仇を取りました。だから、褒めて……」


 言葉が続かず、悔しさと虚しさで涙が溢れてきた。

 それでも、母がこの姿を見たらどう思うだろうか?


「エリオット、よく頑張ったわね」

「エリオット、自信を持って前を見なさい」


 母なら優しくそう言ってくれただろう。

 だから、エリオットは静かに顔を上げた。

 その表情は清々しく、もう心に迷いはなかった。


 母が愛したこのフランセ王国を守る。

 そして、すべてを終わらせることを決意する。


 帰国するフリーランドとマチャドラを迎え撃つために。

 エリオットの戦いは、まだ終わってはいなかった。

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