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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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閑話3 マチャドラの野望

閑話2 マチャドラ元公爵の野望


 

 桜の花びらが散り、藤の花が咲き始める季節になった。

 その夜――。

 ドルトムンナ侯爵家別館の一室に、静寂が落ちていた。


 机の上には、地図と書類。

 だが、それらに目を通しているはずのマチャドラの意識は、別のところにあった。


(……遅い)


 ヤンガンを送り出してから、すでに数日。

 本来ならば、とっくに何らかの連絡が届いているはずだった。


 ――そのとき。

 コン、コン、と窓を叩く音。


「……来たか」


 マチャドラはゆっくりと立ち上がる。

 窓を開けると、一羽の伝書フクロウが羽を休めていた。


 足には、小さな筒。

 それを外し、手早く中の紙を取り出す。


 ――暗号文。

 マチャドラはそれを机に広げ、慣れた手つきで解読していく。


 やがて――


「……ほう」

 口元が、ゆっくりと歪んだ。


「目的達成。負傷。帰還遅延、か」


 短い文。

 だが、それで十分だった。


「くく……やりおったか、ヤンガン」

 抑えようとしても笑いがこみ上げてくる。


 赤髪の悪魔と恐れられていたアーノルド。

 あの甥は、確かに元騎士団に所属し最強と呼ばれ、油断ならぬ相手だろう。

 だが、スキル『闇の目』を持つヤンガンの手にかかれば、他愛もない相手だ。


「さすがは、赤髪の悪魔だな。ヤンガンでも無傷ではいかぬか」

 椅子に腰を下ろしながら、満足げに頷く。


「まあよい。生きておるだけで十分だ」


 ヤンガンの腕は知っている。

 負傷したとしても、この連絡が送れるぐらいだ、命に別状はないだろう。


「しばらくは療養すればいい」

 それよりも重要なのは――結果だ。


「アーノルドは死んだ」


 ぽつりと呟く。

 その瞬間、胸の奥に溜まっていた焦燥が、一気に霧散した。


「……これで、道は開けた」


 ゆっくりと立ち上がる。

 視線は、遠く――フランセ王国の方向へ。


「わしは戻る……マルセイユ公爵に」


 かつての地位。

 失った栄光。


 それを、取り戻す時が来たのだ。

 だが――


「……いや」


 ふと、動きが止まる。

 冷静さが、戻ってきた。


「少し、出来すぎているな」


 眉をひそめる。

 資金ルートが絶たれ、追い詰められた直後に――

 最大の障害が排除された。

 偶然にしては、あまりにも都合が良すぎる。


「……念のためだ」


 机に戻り、ベルを鳴らす。

 すぐに、控えていた使用人が入室する。


「王都にいる密偵に連絡を出せ」

「はっ」


「マルセイユ公爵家の動きを探れ。アーノルドの生死も含めて、すべてだ」

「かしこまりました」


 使用人が去る。

 再び静寂が戻る。


「……用心に越したことはないからな」


 そう呟いたものの――

 だが、口元には、抑えきれない笑みが浮かんでいた。


 ◇


 翌日。

 マチャドラの部屋の扉が勢いよく開かれる。


「マチャドラ!」

 現れたのは、上機嫌のフリーランド第二王子だった。

 金髪をなびかせながら、紅い瞳を大きくさせていた。


「殿下?」

「はははは! 聞いたか!?」


 大声で笑いながら、軽快に部屋に入ってくる。


「何のことでしょうか?」

 マチャドラが問うと、フリーランドは満面の笑みで言い放った。


「母上からの連絡だ!」

 その一言で、空気が変わる。


「……王妃様から?」

「ああ!」


 フリーランドは楽しそうに続ける。


「邪魔者が消えたぞ!」

「……まさか」


「兄上エリオットだ」

 にやり、と笑う。


「母上の“贈り物”でな」

 その意味を理解するのに、時間はかからなかった。


「……毒、ですか」

「そういうことだ」


 軽い調子で頷く。


「倒れたらしい。しかも――」

 声を潜め、愉快そうに言う。


「長くはない、とな」

「……」


 マチャドラは一瞬、言葉を失った。


 アーノルドの排除。

 そして、エリオットの毒殺。


 マチャドラの公爵復帰に向けての最大の障害が、立て続けに消えた。


「ははは! どうだ!」

 フリーランドは腕を広げる。


「これでフランセ王国は、俺のものだ!」

 確かに、その通りだった。


 王位争いにおいて、最大の対抗馬が消えたのだ。

 残るは、床に伏している国王のみ。


「……おめでとうございます、殿下」

 マチャドラは深く頭を下げる。


 だが――

(やはり、出来すぎている)


 心の奥で、警鐘が鳴り続けていた。

 だが、その違和感をかき消すように――


「お父様!」


 華やかな声が部屋に響く。

 声のする方に視線を向ければ、そこにはベルマッタがいた。

 豪奢な真っ赤なドレスに身を包み、マチャドラと同じ茶髪に蒼瞳、その頬を上気させている。


「聞きましたわ!」

 駆け寄り、両手を胸の前で組む。


「これで――」

 うっとりとした表情で、言葉を紡ぐ。


「わたくし、フランセ王国の王妃になるのですわね」

 その蒼い瞳は、夢に満ちていた。


「ああ、その通りだ」

 フリーランドが横から笑う。


「すべては予定通りだ」

「まあ……!」


 ベルマッタは嬉しそうに、蒼い瞳を細めながら微笑む。


「フリーランド様のお力、さすがですわ」

「当然だ」


 誇らしげに胸を張るフリーランド。

 その様子は、すでに勝利を確信している者のそれだった。


「お父様も、何をそんなに心配なさっているのですか?」

 ベルマッタが不思議そうに首をかしげる。


「すべて上手くいっておりますのに」

「……」


 マチャドラは、言葉に詰まる。


「これで、わたくしたちの勝利ですわ」

 くすりと笑う。


「王妃の座も、公爵家の復権も、すべて手に入るのですもの」

 その言葉は、あまりにも甘美だった。


「……そう、だな」


 マチャドラは、ゆっくりと頷く。

 心の中の違和感を押し殺すように。


「その通りだ」

 口元に笑みを浮かべる。


「我らの勝利は、目前だ」

 フリーランドが満足げに頷く。


「そういうことだ!」

 高らかな笑い声が、部屋に響く。


 だが――

 その笑いの裏で。


 誰も気づかぬまま。

 確実に、“何か”が狂い始めていた。


 ◇


 ――そして、その歯車は。

 静かに、だが確実に。


 彼ら自身を、破滅へと導いていくのだった。

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