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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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第十六話 アウルルの大ピンチを救う赤い巨体

第16話 アウルルの大ピンチを救う赤い巨体


 

 隣室の扉が、内側から爆発したかのように吹き飛んだ。


 ――ドンッ!!

 重い音とともに飛び込んできた扉と赤い巨体。


「アウルル、無事か?」

 低く、よく通る声が薄暗い部屋に響く。


 その声を聞いた瞬間、金髪のヤンガンの背筋に冷たいものが走った。

(……しまった、来てしまったか)


 月明かりに照らされて浮かび上がるその姿は、公爵家当主アーノルド。

 燃えるような赤髪と赤い瞳が、銀髪のアウルルを守るように前に出る。

 片手に剣を携え、すでに臨戦態勢に入っている。


「アウルル、怪我はないか?」

「問題ありませんわ、アーノルド様」


 アウルルは盾を構えたまま、落ち着いた声で答える。

 そして、アーノルドのさらに後方に素早く移動する。


 その様子を確認した瞬間――


「……なら、遠慮はいらんな」


 アーノルドの赤い瞳が鋭く細められた。

 次の瞬間、空気が変わる。

 赤髪が疾風に出会ったかのように揺れる。


 ――速い。

 ヤンガンがそう認識した時には、すでに遅かった。


「ぐっ――!」


 最前列にいた部下の一人が、声も上げきれずに吹き飛ぶ。

 剣の一閃。


 それだけで戦闘不能。

 続けざまに二人目。


 三人目。


 四人目――


 まさに旋風だった。

 かつて、赤髪の悪魔と恐れられていた通りの強さだ。

 無駄な動きは一切なく、最短距離で急所を打ち抜く。


 抵抗する暇すら与えない。

 まさに王国最強の騎士。


 アーノルドの圧倒的な強さに、ヤンガンの鋭い金色の瞳が驚きで見開かれる。

 腕利きのヤンガンの部下たちが、ものの数秒で床に転がっていたのだ。

 騎士とも対等に戦える実力者たちを。


 息はある。

 だが、完全に戦闘不能。


「残りはお前か」


 アーノルドの視線が、ヤンガンへと向けられる。

 その一瞬で、ヤンガンは理解した。


(こいつは、やばすぎる! このままでは勝てない)


 だが、ヤンガンは勝利を確信していた。

 なぜなら、闇の目があるからだ。


「アーノルド……お前の負けだ」


 低く呟いた次の瞬間。

 ヤンガンは素早く動いた。


 ――パチン。


 唯一残っていたランプの灯りを叩き消す。

 部屋は、一瞬で完全な闇に包まれた。


「これで何も見えまい」

「それはお前も同じだろう。お互いこの暗さでは何も見えない」


 アーノルドの言葉に、ヤンガンの口元が歪む。


「俺はスキル“闇の目”を持っている」

「なんだと!」


 アーノルドの驚きの言葉に、ヤンガンの口角はさらに上がった。

 闇は、自分の領域。

 

 いかに強い騎士でも暗闇では、闇の目を持つ俺とは戦えない。

 この中では、自分が絶対だ。


「お前の父親や兄のように殺してやる」


 ヤンガンの嬉々とした声が、暗闇の室内に広がる。


「終わりだ、アーノルド!」


 闇の中、音もなく踏み込み――

 いつも通りに斬り殺す。


 確実に急所を狙った一撃がアーノルドを襲う。

 だが。


 ――スッ。

 手応えが、なかった。


(……何? 空振りしただと)


 次の瞬間。

 ヤンガンの視界に、信じられない光景が映る。


 闇の中で、確かにアーノルドがこちらを見ている。

 ――見えているのか?

 ま、まさか、お前は……。


「遅いな」


 静かな声。

 そして――


 ――ガンッ!!


 振り下ろされた剣を、ヤンガンは辛うじて受け止めた。

 だが、その衝撃は凄まじい。


「ぐっ……!」


 腕が軋む。

 体勢が崩れる。


 その隙を、アーノルドは見逃さなかった。

 ――ドンッ!!


「がはっ……!」


 ヤンガンの腹に、強烈な蹴りを浴びせる。

 内臓が揺れ、呼吸が止まる。

 ヤンガンの体が床へと崩れ落ちた。


「なぜ……だ……」

 ヤンガンは息も絶え絶えに、絞り出す。


「なぜ、この暗闇で……俺が見える……」


 闇は、自分のものだったはずだ。

 誰の物でもない、俺だけの世界。


 だが――

 アーノルドは、わずかに口元を歪めた。


「スキル“闇の目”を持つ者は――お前だけじゃない」


 その言葉が、静かに落ちる。

 次の瞬間。


 ――ゴンッ!!


 蹴りが、ヤンガンの顔面を打ち抜いた。

 意識が、そこで途切れる。


 完全な沈黙。

 やがて――

 遠くからバタバタと近づく、足音が響いた。


「アーノルド様!」


 駆け込んできたのは、ヘルナンデス率いる護衛たちだった。

 その中には侍従のチゴダイの姿もあった。


 ランプに再び火が灯され、部屋に明かりが戻る。

 倒れ伏す五人。


 そして、何事もなかったかのように立つアーノルド。

 しかし、ヤンガンを見る目は、怒りに満ちていた。


「こいつが、父と兄を殺した犯人だ」


 その言葉に、ヘルナンデスも怒りを見せる。


「……ここでトドメを刺しますか?」

「いや、こいつは、色々、知っている。あとで吐かせよう」


 それを聞いてヘルナンデスは、怒りを見せたまま頷いた。

 それから倒れている五人の男たちの様子をみて、やれやれ、と呆れたように肩をすくめる。


「赤髪の悪魔の名は、今も健在ですね」

「軽口はいい」


 アーノルドは短く返す。


「自害されては困る。隷属の首輪を五個用意しろ」

「了解です」


「あと治療もな。殺してはいないが……骨が砕けている者もいるだろう」

「はっ」


 護衛たちが、素早く動き出す。

 ヤンガンたちは拘束され、担ぎ上げられていく。


「チゴダイ、お前の復讐は調べが終わってからだ。手を出すなよ」

「わかりました」


 ヤンガンたちを睨むようにしていた茶髪のチゴダイに声を掛ける。

 父と母を殺した相手だけに、釘をさしておく必要を感じた。


 すべては、法の下に裁かなければならない。

 悔しいが、それが国民としての役目である。


 その様子を、アウルルは静かに見つめていた。


「……見事でしたわ」


 柔らかく微笑む。

 アーノルドは、軽く肩を回した。


「罠にかかったのは向こうだったな」


 静かな声。

 だが、その瞳にはまだ怒りの光が宿っていた。


 ◇


 アーノルドは、ゆっくりと目を閉じた。

 今でも思い出す父と兄の姿。


 厳格だが、領地を思いやる仕事人間の父。

 白髪が見え始め、そろそろ兄に公爵位を譲ろうかと口にしていた。

 引退後は、他界した妻の墓がある領地で、余生をのんびり過ごそうとしていた。

  

 そして、真面目な兄ロベルト。

 公爵位を継いでから婚約者と結婚することになっていた。

 だが、その結婚式の半年前に殺されてしまった。

 無念だっただろう。

 そう思うと、アーノルドの赤い瞳から涙が流れ落ちるのだった。

 だが、復讐はあと少しで終わる。

 あとは、マチャドラを捕らえるだけだ。


「アーノルド様、大丈夫ですか?」


 再び目を開けたアーノルドの前に、心配そうに見つめる銀髪の美しいアウルルの姿があった。

「すまない、考え事をしていた」


 こうして――

 闇に生きた男ヤンガンと、その仲間たちは。


 マルセイユ公爵家の地下牢へと、送り込まれることとなったのだった。


 

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