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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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第十五話 闇に生きる男ヤンガンの魔の手

第十五話 闇に生きた男ヤンガンの魔の手



 夜は、スキル闇の目を持つヤンガンにとって、最も馴染み深い時間だった。


 静寂の中、どこまでも広がる闇。

 人の気配が薄れた世界で、闇の目を持つヤンガンは、昼間と変わらずに行動できた。

 だから、夜にこそ、自分の居場所があった。


(……懐かしいな)


 王都へ向かう馬車の中、ヤンガンは目を閉じていた。


 思い出すのは、遠い過去。

 名もない孤児だった頃のことだ。


 貧民街で腹を空かせ、盗みを働き、殴られ、蹴られ――それでも生きるために必死だった。

 そんな自分を拾ったのが、闇ギルドだった。


「お前、闇の目を持っているな」


 そう言われた日から、人生は変わった。


 剣を持たされ、毒を教え込まれ、人の殺し方を叩き込まれた。

 失敗すれば死。

 生き残れば次の任務。


 ただそれだけの世界。


 だが――


(あの頃は、まだ単純だった)


 依頼をこなせば食べ物が手に入る。

 食べ物があれば生きられる。


 それだけでよかった。


 だが、その生活も長くは続かなかった。


 ギルド同士の縄張り争いによる抗争が勃発したのだ。

 血で血を洗う戦い。


 結果は――ヤンガンがいるギルドの敗北。

 仲間は死に、組織は潰えた。


 その時、ヤンガンはまた元の負ける側になった。

 ……そんな時に運命の出会いが再び起こった。


 次に自分を拾ったのが、マチャドラだった。

 当時は、まだ伯爵。


 だが、その目は他の貴族とは違っていた。


「お前、闇の目の持ち主か……わしに仕える気はないか」


 そう言われ、行き場がないのでそのまま雇われた。

 金を受け取り、仕事をこなし、依頼を繰り返すうちに、信用を得た。


 マチャドラの信用を勝ち取り、部下も増えた。

 そして、あの命令が下された。

 公爵を暗殺しろ!


 アーノルドの父。

 そして兄。


 夜の屋敷に忍び込み、何の感情もなく刃を振るった。

 それが仕事だったからだ。


 後悔は――ない。

 そう思っていた。


「……」


 ヤンガンは、ゆっくりと目を開けた。

 馬車は、すでに王都へ入っている。


 煌びやかな灯り。

 だが、それは自分には関係のない世界だった。


(今回の任務は危険だな)

 任務の成功には、策が必要だと感じた。


 侵入するのは、マチャドラからの合鍵で可能。

 捕らえる必要はなく、ただ殺すだけ。

 だが、アーノルドは騎士団でも最強の強さで有名である。

 直接、戦うのは避けるべきだ。

 だから、今回は卑劣な策を使う。


 ◇


 夜になるのを待った。


 マルセイユ公爵家の屋敷は、静まり返っていた。

 月明かりが、庭を淡く照らす。


 その影の中に、五つの気配があった。


「……配置につけ」


 ヤンガンの低い声。

 四人の部下が、無言で頷く。


 いずれも、かつてのギルドで生き残った者たちだ。

 お互いに切磋琢磨した腕利きだ。


「見つかる前に終わらせる。無駄な戦闘は避けろ」


 目的は一つ。

 まずは、公爵夫人のアウルルの確保。

 ここで成功の是非が決まる。


「アーノルドと正面からやり合うな。出会ったら逃げろ」


 あの男の実力は、本物だ。

 真正面から戦えば、こちらが不利になる可能性が高い。


(だから――)


「公爵夫人を人質に取る」


 それだけでいい。

 それだけで、勝てる。

 騎士道に生きてきた男が、夫人を見捨てるわけがない。


「行け」


 短い合図。

 それと共に、影が動いた。


 塀を越え、音もなく着地する。

 警備の巡回を避け、死角を縫うように進む。


 鍵を取り出す。

 マチャドラから渡されたものだ。


 屋敷の裏口。

 静かに差し込み、回す。


 ――カチリ。

 音は、ほとんどしなかった。


「……開いたな」


 わずかに口元が歪む。

 次々と中へ入る。


 暗い廊下だが、問題ない。

 闇の目があるから、人の姿がないのは、一目瞭然だ。


 だが、油断はしない。

 この屋敷には、アーノルド以外にも腕の立つ護衛がいる。

 ヘルナンデスだ。


 一歩一歩、慎重に進む。

 気配を殺し、呼吸を整える。


 床の軋みすら計算に入れて、足を運ぶ。

(……静かすぎる)


 違和感。

 だが、引き返す理由にはならない。


 任務は絶対だ。

 階段を上がる。


 二階。

 さらに奥へ。


 事前に得た情報では、アウルルの部屋はこの先。

 扉の前で、手を上げる。


 部下たちが配置につく。

 左右、背後、逃げ道の封鎖。


 完璧だ。

(開ける)


 ゆっくりと、扉に手をかける。

 音を立てずに押す。


 ――開いた。

 その瞬間。


 ふわりと、香りが流れた。

 紅茶の残り香。


 そして――


「……」


 部屋の奥。

 月明かりに照らされる、一人の女性。


 小さなランプの下、椅子に座り、静かに本を閉じる。

 長い銀の髪が、光を受けて揺れた。


「あら、こんな夜中に訪問者の予定はないのですわ?」


 穏やかな声。

 まるで、すべてを知っていたかのように。


 ヤンガンの目が、わずかに細まる。

(……この女)


 ただの貴族令嬢ではない。

 その直感が、確信に変わる。


 だが――

 関係ない。


 任務は変わらない。


「動くな」


 短く言い放つ。

 刃をわずかに見せる。


「従えば、命は保証する」


 嘘ではない。

 今は、まだ殺さない。


 だが。

 アウルルは、微笑んだ。


「……そうですか」


 まるで、すべてが計画通りだと言わんばかりに。

 静かに、ゆっくりと立ち上がる。


 その仕草には、一切の恐怖がなかった。

 ヤンガンは、初めてわずかな違和感を覚えた。


(……おかしい)

 普通ではない。


 だが、もう遅い。

 ここまで来た以上、引き返す選択肢はない。


「殺されたくなければ、こっちに来い」


 冷たく告げる。

 その一歩を踏み出した瞬間――


 物語は、さらに大きく動き出す。

 アウルルは前を向いたまま後ずさる。

 

「何をしている。こっちに来ないと刺すぞ」


 脅すが、反応はなく、アウルルが壁際にある箱の前に逃げたかと思った瞬間。

 突然、ベルの音がけたたましく鳴り響いた。

 

 ジリジリジリジリジリジリーーーーーーーーーーーーーー。

 

「な、なにをした」

「いいえ、何もしていないですわ」


 アウルルは小さく首を振った。

 次の瞬間、壁際にある箱の側面にしゃがみ込み、盾のようなものを取り出した。


 同時に、突然、隣室へと続く扉が飛び跳ねるように、吹き飛んだ。

 それと共に、部屋に赤い巨体が飛び込んできたのだった。



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