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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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閑話2 マチャドラ元公爵の焦り

閑話2 マチャドラ元公爵の焦り



 プロイセ帝国帝都ベルリオにあるドルトムンナ侯爵家の屋敷の別館。



 重厚な石造りの屋敷の一室で、マチャドラは苦い表情を浮かべ、

 机を叩いた。


「……遅い」

 低い呟きが漏れる。


 連絡が来るはずの時間は、すでに過ぎていた。


 金の流れを担っていた商会。

 そこからの定期報告は、これまで一度も遅れたことがない。


 それが――途絶えている。

(まさか……何かあったのか)


 嫌な予感が胸をよぎった、そのとき。

 ドン、と扉が荒々しく開かれる。


「マチャドラ様!」

 飛び込んできたのは、金髪で目つきの鋭い男――ヤンガンだった。


「騒がしいな」

 マチャドラは顔を上げる。


 だが、ヤンガンの表情を見た瞬間、その目が細くなった。


「……何があった」

「……バレた可能性が高いです」


 ヤンガンの言葉に、マチャドラは、さらに低い声を漏らす。

「なんだと」


 マチャドラは立ち上がる。

 その顔は、苛立ちから怒りへと変わっていた。


「送金ルートです。商会への連絡も……恐らく罠です」

「……」


 一瞬、沈黙して、思考を巡らせる。

 そして、ゆっくりとマチャドラは椅子に腰を下ろした。


「……なるほど」

 机の上で腕を組む。


「王家か……それとも、あの小僧か」

 脳裏に浮かぶのは、アーノルドの顔。


「……どちらにせよ、嗅ぎつけられたか」


 ヤンガンが続ける。


「王宮の第二王子派からの情報だと、我々を掴まえる作戦があると……」

「なるほどな、その計画が誘っているというわけだな」


「はい」

 ヤンガンは頷く。

「下手に動けば、確実に捕まります」


 マチャドラは目を閉じた。

(……まずいな)


 これまで築いてきた資金の流れ。

 それが一気に断たれる可能性がある。

 それは――致命的だった。


「……金は、どれくらい残っている」

「手元にある分では、……一ヶ月が限界かと」

「一月か」


 それでは短い。

 まだ、ここでの活動は終えていない。

 

 あと数家は、取り込まなければ、王国への戦争に持っていけない。

 まだまだ人脈作りが必要な段階だ。


 貴族への根回し。

 すべてに金が必要だ。


「……足りんな」

 ぽつりと呟く。


「このままでは、何もできずに終わる」

 焦りが、わずかに滲む。


「どうしますか」

 ヤンガンがこれからの方針を催促する。


 マチャドラはしばらく考え込んだ。

 頭の中で、いくつもの可能性を巡らせる。


 だが――どれも決定打に欠ける。

(今、無理に動けば……終わる)


 歯を食いしばる。

 ここで捕まれば、すべてが終わる。


 だが、動かなければ――資金が尽きる。


「……くそっ」

 珍しく、感情が漏れた。


 そのとき、ふと閃いた。

 そうだ、資金源を断っている者が邪魔なのだ。

 それを排除すれば良いだけではないか。


「実に簡単な解決策があるではないか?」

 軽い声が、暗い部屋の空気を切り裂いた。


 振り向くと――そこには、フリーランド第二王子がいた。

 いつものように、余裕の笑みを浮かべている。


「殿下……」

 マチャドラは立ち上がる。


「状況は聞いている」

 フリーランドは肩をすくめた。


「金が途絶えそうなんだろ?」

「……はい」


「なら、簡単な話だ」

 にやりと笑う。


「母上に送ってもらえばいい」

「……は?」


 一瞬、理解が追いつかなかった。


「我が母は、王国の正妃であり、帝国の皇族だぞ?」

 当然のように言う。


「その気になれば、金などいくらでも動かせるだろう」

「……」


 マチャドラは言葉を失った。

「何をそんなに悩んでいる?」


 フリーランドは心底不思議そうに言う。

「金がないなら、もらえばいいだけの話だ」


 あまりにも単純。

 だが――それは、絶対的な“力”を持つ者の発想だった。


「……しかし」

「それに」


 フリーランドは言葉を遮る。


「どうせ、すぐに取り戻せるさ」

 にやりと笑う。


「フランセ王国を俺の手に」

 その瞳には、一片の疑いもない。


「なら、今は金を貰えばいいのだ」

 軽い調子で言い放つ。


「どうせ、王国のすべては、俺様のものになるのだからな」

「……」


 マチャドラは沈黙した。

(……この男)


 あまりにも楽観的すぎる。

 だが事実として、圧倒的な後ろ盾がある。


 帝国の皇族の血。

 帝国の元皇女の母を持つ強さ。


(利用できる……)


 ゆっくりと、思考が切り替わる。


「……承知いたしました、殿下」

 深く頭を下げる。


「では、その方向で手配を進めます」

「うむ」


 満足げに頷くフリーランド。


「話は終わりだな」

 そう言って、くるりと踵を返した。


「では、行くぞ」

「……どちらへ?」


「決まっているだろう」

 振り返り、楽しそうに笑う。

「ベルマッタと夜会に向かう」


 ◇


 その頃――

 帝国貴族たちが集う、豪奢な館。


 煌びやかなシャンデリア。

 流れる音楽。

 華やかな衣装。


 その中に、一際目立つ二人がいた。


「お待ちしておりました、殿下」

 赤いドレスをまとった少女が微笑む。


 マチャドラの娘――ベルマッタ。


「今宵のそなたは、いつも以上に美しいな」

 フリーランドは自然な仕草で彼女の手を取る。


「退屈していたところだ」

「まあ」


 くすりと笑うベルマッタ。


「では、今夜は朝まで楽しませて差し上げますわ」

 二人の空気は、どこまでも軽やかだった。


 国を揺るがす陰謀の中心にいるとは思えないほどに。


「マチャドラは?」

「少し忙しそうですわ」


「そうか」

 興味なさげに頷く。


「まあいい」

 音楽が変わる。


「踊ろう」

「ええ、喜んで」


 手を取り合い、舞踏の輪へ。

 その姿は、まるで何事もないかのように優雅だった。


 ◇


 一方、その裏で――


「王妃様にお金の無心などできるわけがない」

 マチャドラは独り、呟く。


 だが、金がなければ何もできない。

 武力が必要だ。帝国の力が……。


 帝国の後ろ盾を得て、フリーランド殿下に王位に就いてもらい、その流れで公爵に戻る。

 そのためにも、娘とフリーランド殿下の婚姻が重要になる。


 それは、王国に残る王妃の力を借りれば、実行可能だ。

 となれば、邪魔者を排除する作戦が一番ではないか。


「ヤンガン……アーノルドを殺せるか」

 執務室に待機している、ヤンガンに目を向ける。

 

 ヤンガンは頭を下げて静かに答える。


「命令とあれば」

「殺せ! 邪魔者は排除しろ」


 静かに、だが確実に。

 闇は広がっていく。


 そして――


 表では笑い、裏では牙を研ぐ者たち。

 それぞれの思惑が交錯しながら、


 物語は、さらに大きな渦へと巻き込まれていくのだった。

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