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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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第十三話 侍従チゴダイの妹カシワモの悲劇

第十三話 侍従チゴダイの妹カシワモの悲劇 


 カシワモ視点



 胸が、苦しい。

 息を吸おうとしても、うまく吸えない。


 目の前にいるのは、確かに兄だった。

 幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた、大切な家族――チゴダイ。


 けれど、その姿を見た瞬間、胸の奥に押し込めていた記憶が、一気に溢れ出した。

 血の匂い。


 叫び声。

 倒れた父と母。


「……っ、ぁ……」


 言葉にならない声が喉から漏れる。

 膝が震え、その場に崩れ落ちた。


「カシワモ……!」


 兄が駆け寄ってくる。

 だが、触れられることすら怖かった。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」


 何に対しての謝罪なのか、自分でも分からない。

 ただ、止まらなかった。


 ◇

 

 ――あの日までは、幸せだったのだ。


 王都の外れ、小さな商家。

 裕福ではなかったが、家族で笑い合い、慎ましくも温かな日々。


 父ヨモギモは商売に真面目で、母ズンダモは優しく、兄チゴダイは頼りになる存在だった。

 そして、マルセイユ公爵家との取引。


 一月に金貨十枚ほどの、小さな商い。

 それでも父は誇りにしていた。


「公爵家と取引があるんだぞ。立派なもんだ」


 そう言って、よく笑っていた。

 しかし、あの後から、悲劇が始まった。


 マルセイユ公爵と跡取りが亡くなり、公爵家に不穏な空気が流れた。

 新たに当主は、マチャドラ公爵。

 彼に父が呼び出されたのだ。


 その夜、父は青い顔で帰ってきた。


「……カシワモ、チゴダイ。しばらく、無理をさせるかもしれない」


 震える声だった。

 そして、告げられた内容は、理解を超えていた。


 毎月、金貨千枚の請求書を出せ。

 そして、公爵家が支払った金貨千枚の中から

 九百八十枚を、指定の場所へ送金しろ。


 あり得ない取引だった。

 小さな商家が扱える額ではなかった。

 

 完全なるマチャドラ公爵の裏金作りへの協力だった。

 断るべきだ……

 だが、それを拒めば。


「この話を聞いたからには、断れば一家全員、殺す」


 そう脅されたのだ。

 そして、人質として選ばれた。


「兄さんが……連れて行かれた……」


 チゴダイは、公爵家の侍従として働くことになった。

 名目は奉公。


 だが実態は、人質である。

 父は泣きながら、それでも従うしかなかった。


 それからの日々は、地獄だった。

 偽の帳簿を作り、公爵マチャドラの裏金作りの手伝いをする。


 送金は続いた。

 マチャドラ公爵の時代が終わっても。


 新たにアーノルドが当主となっても。

 それでも、終わらなかった。


「父は、アーノルド様に真実を話そうとしたの……」


 カシワモは、震える声で続ける。


 執務室の誰もが、言葉を失っていた。

「代が変わったんだから、マチャドラ様に送金する必要はないのではと」


 だから、訊ねたのだ。

 マチャドラの部下、金髪で目つきの悪い男、ヤンガンに。


 だが、返ってきたのは脅しの言葉だった。

「黙って従え。殺されたいのか?」


 それでも、これを続ければ、破滅が待っていると感じた。

 このままでは、いつか本当に全てを失う。


 だから、父は決意したのだ。

「新しい公爵様に……お伝えしようと……」


 だが、その夜。

 すべてが壊れた。

 父の行動がヤンガンにバレたのだ。

 

 扉が蹴破られた音。

 血飛沫。


 父の叫び。

 母の悲鳴。


「……やめて……やめて……っ」


 止めることなど、できなかった。

 ヤンガンは笑っていた。


 まるで、虫でも踏み潰すかのように。

「お前たちは、価値のない連中だな」


 そう言って、父と母を斬り捨てた。

 床に広がる赤。

 動かなくなる体。


「……あ……あぁ……」

 声も出なかった。


 ただ、震えていることしかできなかった。

 そんな自分を見て、ヤンガンは不気味に笑った。


「お前は、まだ使えそうだな」


 それから先の記憶は、断片的だ。


 暗い部屋。

 閉じ込められた日々。


 恐怖と絶望。

 だが――


「……騎士様が来て……」

 救われたのだ。


 扉が破られ、光が差し込んだ。


 あと一歩のところでヤンガンを捕まえられそうだったが、

 残念なことに逃げられてしまった。


「……っ、ぁ……」


 言い終えた瞬間、力が抜けた。

 カシワモはその場に崩れ落ちる。


 ◇


「カシワモ!!」

 チゴダイが抱きしめた。


 強く、強く。

 まるで、もう二度と離さないと誓うように。


「……よく、生きててくれた……!」


 その声もまた、震えていた。

 執務室にいた者たちは、誰もが目を伏せていた。


 あまりにも重い現実。

 あまりにも残酷な真実。

 その中で――


「……チゴダイ」

 

 アウルルが、静かに口を開いた。

 その声は変わらず穏やかだが、芯があった。


「あなたは、どうしますか?」


 問いは、まっすぐだった。


「今まで通り、マチャドラに従い、送金を続けますか?」


 沈黙。


「それとも――真実を話してくれますか?」


 チゴダイは、カシワモを抱きしめたまま、顔を上げた。

 その目には、はっきりとした怒りが宿っていた。


「……許せません」

 低い声が続く。


「マチャドラも……あの連中も……!」

 歯を食いしばる。


「父さんと母さんを……殺した奴らすべて……!」


 涙が零れる。

 だが、それでも言い切った。


「全部話します……! だから――」

 悲痛な表情で顔を上げる。


「捕まえてください……! あいつらを!!」


 その叫びに――

「……ああ」

 

 アーノルドが応えた。

 静かに、しかし力強く。


「すまなかったな」

 アーノルドの謝罪の言葉に、チゴダイは驚いた。


「俺の知らぬところで、そんなことが起きていたとは……」

 拳を握る。


「だが――もう終わりだ」

 その目には、燃えるような怒りが、みなぎっていた。


「マチャドラは必ず捕まえる」

 力強く断言した。


「奴の悪事をすべて暴き――断頭台に送ってやる」


 空気が震える。

 それほどの殺気が、言葉に込められていた。


「チゴダイ」

「は、はい!」


「奴と連絡を取る手段はあるか?」

 一瞬の迷いの後、チゴダイは頷いた。


「……あります」

 重要な情報だった。


「緊急時に使う連絡方法が……」

 アーノルドの目が鋭く光る。


「よし……それで奴を引きずり出す」

 ゆっくりと立ち上がる。


「追い詰めるぞ」

 その声には、確信があった。


 逃がさない。

 絶対に。


 こうして――

 マチャドラを巡る戦いは、新たな局面へと動き出したのだった。

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