第十一話 動き出すアウルルと神国の箱 質問編
第十一話 動き出すアウルルと神国の箱 質問編
少し話が遡る。
それは、あの大きな箱が屋敷に届いた日のことだった。
◇
「よいしょ……っと!」
中庭から二人の騎士によって運び込まれた木箱が、どん、と重たい音を立てて床に据えられる。
人が入れそうなほど大きなそれは、ただ置かれているだけでも異様な存在感を放っていた。
「……これを、ここに置かれるのですか?」
侍女の一人が戸惑い気味に尋ねる。
「ええ、そうですわ」
答えたのは、長く流れる銀髪が月光を思わせる淡い輝きを放つ美女だった。
透き通るような蒼い瞳をした美女。
そう、アウルル=マルセイユ公爵夫人だった。
穏やかな笑みを浮かべながら、箱の位置を丁寧に指示していく。
「筋肉はいいわ」
そう呟きながら、騎士たちを熱く労う。
なぜか、その隣でアーノルドが不満な顔でその様子を見つめていた。
「侍女室、休憩室、そして食堂。それぞれ目につきやすい場所に設置してください」
「かしこまりました」
騎士たちは戸惑いながらも従い、三つの箱は屋敷内の要所へと配置された。
◇
そして、その日の午後――
「では、始めましょうか」
アウルルの一言で、奇妙な聞き取りが始まった。
◇
食堂の一角。
設置されたばかりの箱の前に、一人の青年が呼ばれていた。
茶色の髪に落ち着いた物腰の侍従――チゴダイである。
「えっと……ここでいいのか?」
「はい、こちらへどうぞ!」
元気よく応じたのは、明るい茶色の髪を揺らす小柄な少女キララだった。
その横には、メイド見習いの栗髪のモンテと、同じく栗髪のブランも並んでいる。
三人とも妙に楽しそうだ。
「では、簡単な質問をさせていただきます!」
キララは胸を張り、少し芝居がかった口調で言った。
「この箱の中には、何が入っていると思いますか?」
「……は?」
チゴダイは一瞬、ぽかんとする。
だがキララは気にせず、指を一本ずつ立てていく。
「一、ぬいぐるみ!」
「二、植物や花!」
「三、砂時計や時計!」
「四、何も入っていない!」
「さあ、どれだと思いますか?」
「……」
チゴダイは箱を見つめる。
大きく、無骨で、装飾もない木箱。
何か大きな赤いボタンが付いているだけだ。
(こんなものに、ぬいぐるみ……? いや、ないな)
しばし考えた末――
「四だな。何も入っていない」
そう答えた。
「なるほど!」
キララは満足そうに頷く。
そして、くるりと振り返り――
「実はですね!」
声を弾ませた。
「これから、この中に防災・防犯用具を入れる予定なのです!」
「……防災、防犯?」
聞き慣れない言葉に、チゴダイは眉をひそめる。
「はい!」
キララは指折り説明を始めた。
「防災は、例えば火事が起きたときに、このボタンを押すとベルが鳴って、皆に危険を知らせます!」
「ベル……」
「それから、防犯!」
そう言って側面の扉を開ける。
「こちらは、不審者が侵入した際に使う道具です! 縄や防具などを備えておきます!」
「……なるほど」
チゴダイの表情が変わる。
ただの箱だと思っていたものが、屋敷を守るための仕組みだと理解した瞬間だった。
「しかも、屋敷の中に三か所。誰でもすぐに使える場所に置かれている……か」
腕を組み、深く頷く。
「これは……名案だな」
「ですよね!」
キララが嬉しそうに身を乗り出す。
「すべて、アウルルお嬢様のご提案です!」
「……奥様が」
チゴダイは感心したように息を吐いた。
「さすがだな……」
その目には、素直な敬意が宿っていた。
◇
こうして、聞き取りは続いていく。
料理人、庭師、侍女、警備兵まで。
屋敷に仕える四十名全員が、一人ずつ箱の前に呼ばれ、同じ質問を受けた。
最初は戸惑い、笑い、首をかしげる者も多かった。
だが――
説明を聞くうちに、誰もが納得し、そして口を揃えて言った。
「奥様はすごい」
その評価は、静かに、しかし確実に広がっていった。
◇
そして夜。
アウルルの私室には、四人の少女が集まっていた。
机の上には、びっしりと書き込まれた紙が並んでいる。
「終わりました……!」
キララが、ぐったりと椅子に倒れ込む。
「つ、疲れました……」
「でも、今、屋敷にいる全員分が集まりましたね!」
モンテとブランも達成感に満ちた表情だ。
その中央で、アウルルは難しい表情を浮かべていた。
アウルルは目を細めて、結果を見つめていた。
「ふむ、なるほどね……」
やがて、キララが声を掛けた。
「奥様、これはいったい……どういうことなのでしょうか?」
純粋な疑問だった。
ただの箱の中身当てにしては、あまりにも大掛かりな作業だった。
あの質問に、何か意図があるのではないかと?
すると、アウルルは、ゆっくりと顔を上げる。
キララと目線が合うと、優しく微笑んだ。
「これは、神の国の心理テストですわ」
「心理……テスト?」
「ええ」
指先で紙をなぞりながら、説明を始める。
「一の“ぬいぐるみ”を選んだ者は――現状が壊れることへの漠然とした不安を抱えている可能性」
「二の“植物や花”は、現状維持を望み、変化を嫌う傾向」
「三の“砂時計や時計”は、時間や締め切りに追われている者」
「そして――」
そこで一度、言葉を切る。
キララたちはごくりと息を呑んだ。
「四の“何も入っていない”を選択した者」
アウルルの声が、わずかに低くなる。
「これは――現状への強い不満、あるいはストレス」
「……!」
「何かを失うことへの不安……つまり、“焦り”を抱えている者ですわ」
部屋の空気が変わった。
ただの遊びではなかった。
これは、人の内面を暴くものだ。
「ということは……」
キララが、恐る恐る口を開く。
「ええ、そうよ」
アウルルは迷いなく頷いた。
「“四”を選んだ者を、調べなさい」
「かしこまりました」
「それと」
さらに言葉を重ねる。
「冒険者ギルドに依頼を出すように」
「依頼……ですか?」
「ええ。屋敷から外出した者を、尾行してもらいなさい」
その声は、静かでありながら絶対だった。
「大人数になりますが……」
そこでちらりとアウルルを見る。
アウルルは、手元の金貨が詰まった小袋をキララに手渡す。
中身を確認してキララが驚く。
「これでどうかしら」
「十分かと思われます。確かにお預かりしました」
キララは背筋を伸ばし、深く頭を下げる。
敵が動いている以上、お金に糸目をつけない姿勢だ。
これは、公爵家を守るための、初めの戦いなのだ。
◇
こうして、見えない歯車は静かに動き出した。
防犯、防災のための箱。
そのためにカモフラージュした質問状。
だがその裏で、
公爵家に仇を為すものを選別する会議が開かれていたとは、
屋敷の誰も予想していなかったことだろう。
マチャドラと繋がっている者は? そして、公爵家を蝕んでいる者は誰なのか?
アウルルの手によって、闇の真実が明かされようとしていた。




