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「アウルル、お前を愛することはない」と初夜で白い結婚を告げた公爵アーノルドは、悪役令嬢アウルルにざまあされてしまう。  作者: 山田 バルス


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第十話 動き出すアウルルと神国の箱

第十話 動き出す歯車と神の箱



 翌朝――。


 マルセイユ公爵家の食堂には、いつも通りの穏やかな朝の光が差し込んでいた。

 アーノルドは席に着き、焼きたてのパンを手に取りながら、ぼんやりと考え込んでいた。


(昨日の話……軽くはないな)


 帝国、脱獄、戦争の可能性。

 どれも現実味を帯びていた。


 そのとき――

「アーノルド様」


 向かいに座るアウルルが、いつもの落ち着いた声で口を開いた。


「ひとつ、ご相談がございますわ」

「なんだ?」


「実家のリール家より、わたくしの専属侍女だった者を一人、呼び寄せましたわ」

「……侍女?」


 少し意外そうに眉を上げる。


「はい。名をキララと申します。18歳で、気が利く良い子ですわ」

「そうか……」


 一瞬考えるが、すぐに頷いた。


「お前が信頼しているなら問題ない。好きにするがいい」

「ありがとうございます」


 アウルルは、嬉しそうに微笑んだ。


「それと、もう一つ」

「まだあるのか?」


「はい。本日、王都の工房へ外出いたしますわ」

「工房?」


「ええ。少し必要なものがありまして」

 意味深な言い方だった。


 だが、アーノルドは深くは聞かない。


「分かった。気をつけて行ってこい」

「はい」


 その返事と同時に――


「失礼いたします!」

 軽やかな声と共に、扉が開いた。


 現れたのは、明るい茶色の髪を揺らす小柄な少女だった。


「キララでございます! 本日よりお仕えいたします!」


 元気よく頭を下げるその姿に、食堂の空気が少し和らぐ。


「……元気だな」

「はいっ!」


 即答だった。

 アウルルは満足そうに頷く。


「では、キララ。さっそくですが、出かけますわ」

「はい、お嬢様!」


 二人はそのまま、軽やかに食堂を後にした。


 ◇


 一方その頃――。

 食堂に残されたアーノルドは、静かにパンを置いた。


(……金が足りない)

 それが、頭から離れない。


 公爵家の財政は、決して余裕があるわけではない。


 むしろ――

(今でも、ギリギリだ)


 そこに戦争となれば、防衛費は跳ね上がる。

 兵の維持、武器、食料、輸送。


 どれを取っても莫大な金が必要になる。

(無理だな……)


 率直な結論だった。

 剣ならばどうにでもなる。


 だが、金は違う。

 ないものは、どうしようもない。


 拳を握る。

(……どうする。王家から借りるか、いや、厳しい条件を付けられそうだ……)


 その答えが出ないまま、時間だけが過ぎていった。


 ◇


 夕刻。

 アウルルは屋敷に戻り、報告のために執務室に顔をだす。


「ただいま戻りましたわ」

「おかえり」


 アーノルドは椅子に座ったまま、すぐに本題を切り出す。


「……アウルル、話がある」

「はい」


 そう呼ばれて、アーノルドの対面に静かに向き合うような形で椅子に座る。


「公爵家の財政だが……正直、厳しい」

 包み隠さず告げる。


「戦争になれば、とても持たない」

 アーノルドは落ち込むようにうつむく。

 そして、沈黙が続く。


 だが、それを破ったのはアウルルの小さな笑いだった。

「ふふ」


「……なぜ笑う?」

「いえ、想定通りでしたので」


 その余裕の表情に、アーノルドは目を見開く。


「ご心配には及びません、解決できますわ」

「……本当か?」


「はい。一週間ほど、お待ちくださいませ」

 迷いのない言葉だった。


 そして――


「そのために、お願いがございますわ」

「なんだ?」


「屋敷内に大きな箱を設置する許可を」

「……箱?」


 意味が分からない。

 だが、すべてを任せた方が良いと思えた。


 アウルルに何か考えがあるのだろう。

 彼女を信じることにした。


「分かった。任せる」

 力強く頷いて返事を返した。


 アウルルは、嬉しそうににこりと微笑む。

「ありがとうございます」


 ◇


 三日後。

 屋敷に、奇妙な荷が届いた。


 人が入れそうな大きな木箱が、三つ。

 侍女室、休憩室、そして食堂にそれぞれ設置される。


「……なんだこれは」


 アーノルドは箱を見ながら訊ねた。

 人の背丈ほどもある巨大な箱だ。


 ただの箱とは思えない。

 だが――


「まだ秘密ですわ」

 アウルルは楽しそうに言った。


 さらに――


「実家から、もう二人手伝いを呼びましたわ」

 現れたのは、双子のように似た小柄な少女たち。


「モンテです!」

「ブランです!」


「16歳、侍女見習いですわ」

 屋敷が、少しずつ賑やかになっていく。


 ◇


 その夜。

 アウルルは、執務室に地図を広げていた。


「アーノルド様」

「なんだ?」


「ここにいても、新規事業はできませんわ」

 指で地図をなぞる。


「公爵領に戻りましょう」

「領地か……」


「特産物の見直し、そして新規鉱山の可能性ですわ」

 現実的な話だった。


「セバス」

「はい」


「山や川に詳しい者に、心当たりはありませんか?」

「……おります」


 老執事は静かに頷く。


「後ほど手配いたします」


 さらに、アウルルは問いを重ねた。


「セバスは、いつから公爵家に?」

「……長く仕えておりますが」


 一瞬、間があった。


「マチャドラ様の時、一度解雇されております」

「……」

「その後、アーノルド様にお声をかけていただき、戻って参りました」


 アーノルドは腕を組む。


「父の代から世話になっていたのでな、呼び戻した。頼りになる存在だ」

「……なるほど」


 アウルルは静かに頷いた。


(信頼できる人材、ということですわね)


 ◇


 そして――

 一週間が経とうとしていた。


 その朝。

 アウルルは、静かに告げた。


「セバス」

「はい、奥様」


「使用人を全員、ホールに集めてください」

 その声には、確かな決意があった。


「――いよいよ、始めますわ」

 公爵家の運命を変える、“神の箱”の計画が。

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