第九話 王城の激戦、エリオットVSアウルル(アーノルド視点)
第九話 王城の激戦、エリオット王子VSアウルル嬢(アーノルド視点)
王城へ向かう馬車の中、俺は腕を組んで窓の外を眺めていた。
夕焼けに染まる街並みが流れていくが、その美しさを楽しむ余裕はない。
(お忍びで呼び出し、か……)
嫌な予感しかしない。
騎士団にいた頃の経験が、こういう呼び出しはろくでもない話に繋がると告げていた。
向かいにはアウルルが座っている。
目を閉じて、静かに何かを考えている様子だった。
本当に、不思議な女性だ。
最初に彼女の話を聞いたときは、正直なところ不安しかなかった。
フリーランド王子に婚約破棄された悪役令嬢――
そんな触れ込みで、しかも王子を溺愛していたという噂まである。
(そんな女性が、俺と結婚して納得するはずがない)
そう思っていた。
いや、今でもどこかで思っている。
フリーランド王子は華奢で整った顔立ちだ。
それに比べて俺は、筋肉ばかりの暑苦しい男で、顔だって整っているとは言い難い。
(どう考えても、釣り合わない)
だからこそ、結婚生活を望むのは烏滸がましいとさえ感じていた。
……その結果が、初夜の大失敗だ。
思い出すだけで頭を抱えたくなる。
だが――
誤解は解けた。
アウルルは、過去に囚われているどころか、前を向いていた。
それどころか、公爵家のために、そして「筋肉の推し活」などというよくわからない目的のために、全力で動いている。
(あんなに美人で、頭も切れて、行動力まであるなんてな……)
正直、驚きを通り越している。
俺は剣を振るうことしかできない。
騎士団で体を鍛え、戦うことだけに集中してきた。
だから、領地経営や政治のことはよくわからない。
頭を使うことは、どうにも苦手だ。
そんな俺にとって、アウルルは――
「アーノルド様」
声をかけられ、我に返る。
「どのような話でも、冷静に対応なさってくださいませ」
「ああ……いや」
俺は少し顔をしかめた。
「あの王子は、どうも苦手でな……」
正直な本音だ。
第一王子エリオットは、どうにも腹の底が読めない。
剣で斬り結ぶ相手の方が、よほど気楽だ。
気づけば、俺は情けない顔でアウルルを見ていた。
「だから……ここは任せていいか?」
一瞬の間のあと、彼女は小さく頷いた。
「……はい」
その返答に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
本当に、頼りになる。
◇
王城に着き、裏口から案内される。
重厚な扉の向こうにいたのは、薄い笑みを浮かべるエリオット王子だった。
用件はすぐに明かされた。
フリーランドとマチャドラの脱獄。
そして――帝国への逃亡の可能性。
(厄介どころの話じゃない)
帝国と結びつけば、戦争の火種になる。
そんな中で、俺たちに協力を求めてきたわけだが――
交渉は、完全にアウルルに任せた。
そして、それが正解だったとすぐに思い知らされる。
税の減額要求。
それが拒否されると、即座に代案。
新規事業と鉱山開発の免税。
(新規事業……?)
正直、何も思いつかない。
公爵家で新しい事業など、できるのか?
鉱山だって、そう簡単に見つかるものではないだろう。
(無理じゃないのか……?)
そう思う一方で、アウルルの表情には一切の迷いがなかった。
さらに彼女は踏み込む。
契約の明文化、そして――
忠誠を条件とした政治的な取引。
(ここまで読むのか……)
エリオット王子と互角どころか、主導権を握っているようにさえ見えた。
そして最終的に、契約は成立した。
王子と公爵家の間に結ばれた、均衡の契約。
◇
帰りの馬車の中、俺は思わず口にしていた。
「……すごいな」
素直な感想だった。
「あの王子と渡り合うなんてな」
だが、アウルルは首を振る。
「互角ではありませんわ」
そして――
「わたくしの勝ちですわ」
そう言って笑った。
思わず吹き出してしまう。
本当に、この人は……。
◇
だが、笑いながらも、胸の奥には別の感情があった。
(本当に、大丈夫なのか……?)
防衛費。
公爵家の財政。
新規事業に鉱山開発。
どれも簡単ではない。
むしろ、困難しかない。
俺の力では、とてもどうにもならない。
(いや……)
アウルルでも、簡単にはいかないはずだ。
普通に考えれば、無理だ。
それなのに――
(もしかしたら、アウルルなら……)
そんな期待が、心のどこかにある。
頼りたくなる。
任せてしまいたくなる。
それほどまでに、彼女は頼もしい。
そして同時に――
(無理だけは、してほしくない)
強く、そう思う。
どれだけ有能でも、彼女は一人のか弱い女性だ。
危険なことに巻き込まれる可能性だってある。
俺は拳を握る。
(俺にできることなら、何でもやる)
剣を振るうことしかできない。
それでもいい。
彼女を守るためなら、いくらでも戦う。
(だから……)
ちらりと向かいを見る。
夜の闇の中、アウルルは静かに外を見ていた。
(無理だけは、しないでくれ)
そして、気づく。
この感情の正体に。
(俺は……)
苦笑が漏れた。
(いつの間にか、惚れてるじゃないか)
馬車は夜道を進む。
王城の灯りは、もう遠い。
それでも――
俺の視線は、目の前の彼女から離れなかった。




