第6話-②
家屋を縫うように走り、敵を斬り、また走る。
どれだけの個体を倒したかもう数えていなかった。それでもまだ気配は途切れない。悲鳴があちこちから聞こえる。生きている誰かの声。それを目印に走った。
そのとき、再度悲鳴が聞こえた。子供の声だ。テアが守っていたはずの建物の方角だ。
駆ける。
集落の一番奥の家。魔物の襲撃地点から真反対の子供たちを集めた場所。入り口の戸が内側から砕けるように壊れていた。否、内側からではない。外側から無理やり押し破られていた。
「テア!」
「裏から入られた!」
「全部なんとしてでも止めろ!」
「やってるわよ!」
家の中からテアのピストルの音が連続して響いた。
彼女は別の魔物と打ち合っていた。ちょうど侵入してきた個体の動きを自分の身一つで止めている。両手で短剣とピストルを使い分けていた。
だが、最初の影とは別にもう一体が動いていた。屋根の崩れた箇所。おそらく以前の襲撃で穴が空いていた場所だろうか。そこから内側へ滑り込もうとしている魔物が見える。家の奥の隅へ向かっていた。
そこにミラとリオがいた。悲鳴をあげている。
距離を測る。
入り口から二人までの距離。およそ五歩。屋根から滑り込む個体までの距離は三歩。間に合うか間に合わないか紙一重。
駆けた。
家屋の入り口の正面から突破する。
はっきり見える。
家の奥で隅にうずくまる二人。ミラがリオを抱えるようにして庇っている。テアは家の近くにいる別の敵と打ち合っていてすぐには動けない。屋根から滑り込んできた一体が爪を振り上げて姉弟の方へ。
「離れろ!」
叫びながら踏み込んだ。
距離は五歩。間に合うはずだった。この肉体を賭けてでも間に合わせるはずだった。
だが
姉が咄嗟に弟を庇うように動いた。
守ろうとしたのだ。姉として勇気ある動きだった。だが、その動きの分だけ弟の位置が姉の腕の外に出てしまった。二人の影がわずかに離れる。十センチかそれ以下。たったそれだけのこと。姉の庇う腕の隙間から見える微かな弟の姿。
だがそれで十分だった。
魔物の爪が振り下ろされた。姉の庇う腕の隙間から見える微かな弟の姿。その爪は勇気ある姉を運良くいや、運悪くというべきか、切り裂かなかった。その爪は勇気ある姉が守る、ほとんど隠れていた弟を運悪く切り裂いた。
肉を裂く音。
それは何度も聞いた音だった。戦場で何度も。何度も。聞きすぎたほどに。
だが、子供の体から立つその音は異なる質量を持っていた。乾いた紙が裂けるような軽い、軽すぎる音。それが五歳の体から聞こえる音だった。
赤黒い飛沫が薄暗い家の中で散った。子の小さな体が爪の切っ先により縦方向に抉られる。うずくまっていた形は解かれていた。
俺の剣が襲った魔物の体を真二つにしたのはその直後だった。
一瞬遅かった。
たった一歩。
いや、半歩足りなかった。
「リ、リオ!」
姉の声が響いた。
彼女自身は爪が触れていない。怪我はしていない。
だが、その腕の中にもう動かない弟が滑り込んでいた。両腕で必死にその小さな体を抱え直そうとしている。
「リオ!リオ!起きて!」
反応はない。
「リオってば!ねえ!返事して!」
「お願い、起きて」
「ねえったら」
子供の体は小さかった。
およそ胸付近にかけて深く裂かれた傷から暗い色がゆっくりと床に広がっていく。瞬きをしない光なき目が天井のあたりを見ていた。何かを探そうとしているような何も見ていない目であった。
俺は立ち尽くしていた。
剣を握る手から力が抜けなかった。むしろ握り直していた。何かを、誰かを、また斬らなければと体が勝手に動こうとしていた。
だがもう斬る相手はここにはいなかった。
テアが家の外でようやく最後の敵を仕留めたのか家に入って来たのが視界の端に映った。彼女がこちらを振り向いて、何かを言いかけて、その口が止まった。
見えたのだろう。動かない小さな体が。
剣の中でイリスは何も言わなかった。
ただ、柄の宝石が俺の手のひらの中でいつもよりずっと弱く脈打っていた。彼女もまた、見ていた。何が起きたかを。武器の中からずっと。
「ロイ」
「……」
「ロイ、息を吐いて」
「あ、ああ...」
「外、まだ残ってるみたい」
「分かってる」
「行ける?」
「行ける。いや、行くしかない」
「無理しないで」
「無理しないは無理なお願いだな...」
「......うん。でもロイ。あなたは生きて。私はもう二度とあんな思いはしたくない」
「ああ」
剣の中の声に辛うじて応えた。足を止めてよい時間はまだ与えられていなかった。
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