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元人類最終兵器の俺は、武器となった幼馴染と終末世界を踏破する  作者: 秋源斗


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第3話 青き空

扉を押し開けた瞬間、冷たい風が頬を撫でた。


光が眩しい。目を細めながら俺は一歩、地上へと踏み出した。


足の下の感触が変わる。コンクリートからひび割れた石畳へ。そのさらに先には風化した土が広がっていた。


そして顔を上げる。


そこには空があった。


どこまでも続く澄んだ青。千年近く前と何一つ変わらないように見えた。


ただ、その青の下に広がる世界だけが違っていた。


「……嘘、だろ」


思わず、呟いていた。


見渡す限りの、廃墟だった。コールドスリープする際にいた研究所とは異なる場所のようだ。


 かつて街だった場所の骨組みが、錆とツタに覆われて突き出している。倒壊した高層建築。半ば崩れた橋。風化して判読できなくなった看板。全てが、静かに朽ちていた。


俺の横で、イリスが外套の裾を握っていた。俺の手より小さな手が布をぎゅっと掴んでいる。


「ロイ.....」


「ああ」


「これ、全部」


「ああ、そうだな。かつての街、だな」


言葉にならない。


 俺たちが眠る直前、この場所は街だったはずだ。俺の故郷とは違う街だが、似たような光景があったはずだ。人が歩き、灯りが灯り、飯の匂いがしていたはずだ。


それが今や全部、この下に埋まっている。


「人は、どこにいるの?」


「パッと見た感じだといない、みたいだな」


「本当に一人もいないのかな」


「少なくとも、ここにはな」


「これが今の世界よ。その様子だと昔の世界と大きく違うみたいね」


テアの声は、静かだった。


驚きを押し殺そうとする俺たちに時間を与えてくれているような口調だった。


しばらく誰も動かなかった。


ただ風が錆びた鉄骨の間を通り抜けていく音だけが響いていた。


「行くぞ」


先に口を開いたのは俺だった。いつまでもここに立っていても仕方がない。


彼女が隣で小さく頷く。髪の先が、風に揺れた。


「こっちよ。安全なルートを知ってる」


「頼む」


テアが先導して崩れた石畳の上を歩き出した。俺とイリスが続く。


 足元には様々なものが転がっていた。錆びた金属片、割れた陶器、布の切れ端。その一つ一つがかつて誰かの生活の一部だったものだ。


「おい、テア」


「何?」


「ここ、元は何の街だったんだ?」


「分からない。記録には残ってないみたい」


「そうか」


 足を止めずに答える声に少しだけ翳りがあった。千年近い時間は街の名前すら忘れさせるらしい。


 遠くに奇妙な建造物が見えた。白く、細長く、尖った形。人間が作ったものにしては形が風変わりなものだった。


「なんだあの変な建物?」俺は指を指して言った。


「あれはヴァルグリス族の前線拠点ね」


「前線?」


「ヴァルグリスは戦闘民族。この辺りは別の種族との境界線上にあるの。あまり近寄らない方がいいわ」


「種族同士でもまだ、戦っているのか」


「ええ、ヴァルグリスはしょっちゅうよ」


当たり前のようにそう答えが返ってきた。


 新しい種族の世界も結局は争いから抜け出せていないらしい。それは、少しだけ気が楽になる事実でもあった。


俺たちの時代とそれほど変わらないということだ。


しばらく歩いて少し開けた場所に出た。


崩れかけた橋の袂に、半ば埋もれた石碑が立っている。文字は消えかけていて読めない。


「少し休まない?」


「そうね。少し、休憩しましょう」


「悪いな」


 石碑の根元に三人で腰を下ろす。イリスが俺の隣にぴたりと寄り添って座った。テアは少し離れた位置で水筒を取り出す。


「そういえばあなたの名前を未だ聞いてなかったわね。私の名前はテア・アンドレアよ。よろしく」


「こちらこそ自己紹介してなかったわ。私はイリス・ルクレシア。ロイのα兵装(アンソロ・ウェポン)でもあるわ。よろしくね」


「お互い挨拶が終わったところでテア、聞いていいか」


「何かしら?」


「さっきから名前が出てる、新種族って連中のことだ」


「ああ、そうね。詳しく説明してなかった」


テアは水を一口飲んで、息を整えた。


「四つあるって言ったでしょ。ヴァルグリス、セレフィア、フェリオス、ノクティラ」


「ああ、それは覚えた」


「ヴァルグリスは、さっき言った通り。戦闘に特化した種族。身体能力が異常に高くて、戦いを好む。強い者が上に立つっていう考え方」


「脳筋か」


「言い方」


彼女が小さく笑った。


「セレフィアは?」


「知能が高い種族。人間に近いわ。この世界では記録と分析などを行なっている種族よ。旧時代の言語や技術を継承してるのもほとんどがセレフィアの功績ね」


「そういえば、全然気にしてなかったが俺たちの言葉が通じるのもそのおかげか」


「そう。昔から言語は変わってないわ」


一息ついて、説明が続く。


「フェリオスは、とにかく数が多い種族ね。繁殖力が強くて、個体差も大きい。資源と領土を求めて拡張を続けてる種族」


「厄介な奴らだな」


「そうね」


「最後のノクティラは影に潜む種族。気配を消したり影に潜むのが得意で、あまり日の多いところに姿を見せない」


「他の3つに比べてやや特殊な種族なんだな」


「そんなとこ」


頭の中で、四つの種族を整理する。


武、知、数、影。それぞれが違う強みを持ち、違う場所で影響力を振るっている。


俺が眠る前の世界にはこんな複雑さはなかった。


敵は侵略者、味方は人間。それだけだった。


「で、人間はどこにいる」


「一番下」


テアの答えは短かった。


「下、とは」


「下等扱いされてる。表立って奴隷なんかにされてるわけじゃないけど権利は限定的。多くは隠れ里でひっそりと暮らしてる」


「そんな扱いされてんのか。ちなみに生き残り何人くらいだ」


「正確な数は誰も知らない。でも、地上に出てる人間はごく少数よ」


俺は、ゆっくりと息を吐いた。


 覚悟はしていたつもりだった。眠る前の世界でも人類はほぼ滅亡寸前だった。あの状況から増えているはずがないことは頭では分かっていた。


分かっていたはずなのに実際に聞くと、どこかに何かが重く残る。


「もう一つだけ聞いていいか」


「ええ」


「さっき種族同士で争ってるって言ってたがその四つ仲はいいのか」


「最悪ね」


「即答かよ」


「事実だもの。どの種族も自分たちが一番の種族だと思ってる」


「人間とも戦ってるのか」


「戦うまでもなく、相手にされてない。人間は数も少ないし、戦力としても評価されてない」


「……そうか」


「気に障った?」


「別に。事実なんだろ」


「ごめんなさい、ストレートに言って」


「謝るな。誤魔化されるよりマシだ」


「ロイ」


イリスが小さく俺の名を呼んだ。


何か言おうとしているのかそれともただ呼んだだけなのか。俺は、首を軽く振って返した。


「大丈夫だ。聞きたかったのは俺だからな」


「うん」


イリスはそれ以上何も言わなかった。目覚めた時より大人しくなっていた。


今度は隣で俺の腕に抱きついていた。


そうして俺たちは休憩を終えてまた移動した。


日が傾き始める頃、テアが足を止めた。


「今夜はここにしましょう」


 指差したのは半ば崩れた建物の一角だった。屋根の一部と壁が残っていて野ざらしよりはいくらかマシだ。


 周囲に魔物の気配はない。N.S.S.Aが黙っている以上、ひとまず安全と見ていい。


「火を起こすだろ。焚き付けを拾ってくる」


「私も手伝うわ」


イリスが立ち上がった。


 二人で建物の外へ出て、朽ちた木材や枯れた枝を集める。千年経っても火の付くものは案外そこら中に転がっていた。


「これ、燃えるかな」


「湿ってなきゃ大丈夫だろ」


「触った感じ、乾いてるわ」


「じゃあ、いけるな」


「……ね、ロイ」


「ん?」


「さっきの、大丈夫?」


枝を拾う手を止めてイリスが俺を見た。


 気遣うようなそれでいてどこか挑むような目だった。嘘をついたらすぐ見抜かれる、あの目だ。


「さっきのって何のことだ」


「人間が下等扱いされてることよ」


「大丈夫、とは言えねえな」


「素直じゃないわね」


「十分素直だろ。大丈夫じゃないって言ったんだから」


「大丈夫じゃないなら抽象的な言葉だけじゃなくってちゃんと中身まで話してよね」


 イリスは少しだけ笑った。呆れたようなでも安心したようなそんな笑い方だった。


「でも、まぁ、お前がいるからな」


「え?」


「なんでもない。とっとと集めるぞ」


「なによ」


イリスは何も言わなかったがその頬が少しだけ赤かったのを俺は見逃さなかった。


見逃さなかったが指摘もしなかった。そのくらいの分別は俺にもある。


すっかり夜になっていた。


 焚き火の炎が崩れた壁の内側で静かに揺れている。三人で囲んで座り簡素な食事を終えたところだった。


遠くで音がした。


腹の底に響く、低い爆発音。続けて何かが崩れるような音。


俺は手を止めて耳を澄ました。


「なんの音だ」


「平気よロイ。あれは戦闘の音ね。ヴァルグリス同士の」


テアは特に驚いた様子もなく焚き火の炎を見つめていた。


慣れているということだ。この世界ではあの音は日常の一部なのだろう。


「あんなに近いのか」


「ここからは遠い方。近い時はもっと、地面が揺れるような感じがするわ」


「……そうか」


俺は小さく息を吐いた。


 980年経っても世界はまだ戦っている。相手が変わっただけでその本質は少しも変わっていなかった。


俺も寝てから980年経ったとはいえ、俺にとっては一瞬の時間だった。


 俺が起きていた戦時中の980年前にコールドスリープし、そこから目覚めた時には、この世界の戦争は既に終わっていたとしても、俺の中にある戦時中の緊張感というものはすぐには抜けない。


 イリスが俺の肩にそっと頭を預けてきた。何も言わない。ただ、そこにいるだけだった。今はそれだけで十分に感じられた。


遠くの音がまた一つ響いた。


夜の空というものは焚き火の煙越しでも深く青かった。

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