009 ヴィムの目標
ゴート市は想像よりもずっと大きい街であった。
敵国の国境付近であるということで人の往来が多い。
国内上位3番目の騎士団を保有しており、治安がしっかりしている。
戦争がなくなって6年――メルティーナ王国からの物流もさかんだ。
出店には美しい紫色の宝石が輝いていた。
「アメジストはメルティーナ王国の国石であり、王族の象徴です」
アデルが興味深げに見つめていると行商人が説明してくれる。
本物のアメジストが出店で並んでいるとは思いもしなかった。
小ぶりの形崩れたものを再利用したものらしいが、それでもかなりの値段である。
「欲しいのか?」
ひょいとアデルの後ろからヴィムは顔を出した。
「いや、ちょっと珍しいなと思って」
アデルは首を横に振ったが、行商人は鏡をアデルにみせた。
「お嬢さんの瞳によく合うと思うよ」
アデルの瞳は紫色で、アメジストを少し薄めたような色合いであった。
「こちらなどお嬢さんのダークブラウンの髪に映えますよ」
商売人は髪飾りをアデルの髪に取り付ける。
「うん、良く似合うよ。ひょっとして王族の血筋だったりして」
思わず苦笑いした。
(お世辞にしては大きくでたわね)
鏡の前でアデルはふと髪の長さを思い出した。
伯爵家にいたときは膝まで伸ばしていたが、家庭教師を始めた頃にばっさりと切った。
あのクラウスが褒めてくれた唯一のものだ。
「……」
アデルは無言で髪留めを商品棚に戻しそそくさと離れた。
「アデル?」
心配そうにみてくるヴィムにアデルは笑った。
「何でもないわ。私には高価だし、勿体ないわ」
自分の姿が映る鏡から離れたかった。
鏡の前にあるアデルはただの平凡な娘だった。
もう伯爵夫人ではないはずだ。
それでもふとしたときに伯爵夫人だった日々のことを思い出してしまう。
「それよりお腹空いたわね。レストランに行きましょう」
アデルはヴィムの腕を引っ張り、おいしそうな匂いのお店へと入っていった。
ちょっとお洒落なお店である。
富裕層の若い娘たちがお茶を楽しんでいた。
「ごめんなさい。あなたの趣味じゃなかったわね」
「いや、構わない」
以前よりこの店のステーキに興味があったという。
「それなら今日は私に付き合ってくれたし、騎士見習いになったお祝いでうんとご馳走してあげる」
町で聞いた話では、ヴィムは半年前に一般兵から騎士見習いに昇格していた。
ブラン町に騎士見習いになれた者はいるが、かなりの壮年の頃だったと聞く。
「大したことじゃないさ」
「大したことよ。大出世じゃない」
ヴィムが早くに出世できたのは、アルフォス山脈について誰よりも知識が豊富だったからだ。
害獣・魔物の対処の仕方をすぐに身に着けて、次々と対策を練り討伐を成功へ導いた。
ついに辺境伯の重臣に目をかけられて特別に騎士見習いに取り立てられた。
騎士見習いになる為には筆記試験もあるため、半年前1か月はホテルに缶詰めさせられ勉強をさせられたそうだ。
その話を聞いて、アデルはほろりと涙を浮かべた。
「あの勉強嫌いのヴィムが……とっても頑張ったのね。でも、どうして?」
アデルが知るヴィムは文字が読めなくても問題ない、生きていけると言っていた。
羊飼いか、炭鉱夫のどちらかしか考えていなかった彼が何故心変わりをしたのだろう。
アデルの純粋な視線にヴィムは耐えられずに答えた。
「騎士になれば、お前に会えると思ったんだ」
アデルは目を大きく見開いた。
「本当は突然お前がいなくなって腹を立てた。俺に何も言わずにいなくなるから文句ひとつでも言いたくて、でも伯爵家のお前に会うことなんかできない」
だから、少しでも近づける方法を模索した。
「そうだったの。じゃあ、文句を言って良いわ。うんと聞いてあげる」
アデルにとってはどうしようもなかったことだが、ヴィムの不満はわかる。
(私が逆の立場なら腹を立てるわ)
今ならヴィムの言葉をいくらでも受け入れられる。
「いや、もういい。お前に会ったらどうでもよくなった」
もう今となれば過ぎたことだ。
ヴィムとしてはアデルの祖父の病気をアデルに連絡しなかったことを悔やんでいた。
いざ、手紙を書こうにもうまく書けなかった。
それでも伝わればいいと書いた手紙を郵便屋へ届けようとしたが、その前にアデルの祖父がびりびりに破いてしまった。
その時アルベルトが呟いた。
「こんな手紙が届けばアデルが恥をかくだろう」
アデルは伯爵夫人なのだ。
身分の低い、手紙も満足に書けない男からの手紙は彼女の立場を危うくする。
歳を重ねるごとにアデルの立場が少しだけわかった気がした。
アルフォス団でも、貴人の警護にあたることがある。
彼らへの配慮を学ばされて、自分がアデルに会うことの危うさを覚えた。
アデルに会う気は失われて、それでもアルフォス団をやめられずに今のままに至る。
「ふーん、目的は達成しちゃったけど騎士にならないの?」
ヴィムの目的であるアデルに会うことはもう達成された。なら、ヴィムが騎士になる必要はなくなる。
アデルからの問いにヴィムは首を横に振った。
今は別の目的が出来つつあった。
「……そうだな。地位を掴めればその分できることが増える」
その分しがらみも増えるだろうが、自分の意見を上に届けやすくなるだろう。
「騎士になってアルフォス山脈の防衛の為に頑張ろうと思う」
今はアデルがブラン町に戻ってきたのだ。
アデルがいるのであればこの地域をもっと安全にしなければならない。
「素晴らしいわ。多くの人の為に頑張って! 応援しているわ」
アデルはヴィムの高い目標に感銘を受けた。
(私もヴィムに負けていられないわ。頑張って教員免許をとろう)
幸いこのゴート市は免許取得の為の施設もある。機会は決して逃してはならない。




