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アーデルハイトはお家に帰る(2026年9月26日完結予定)  作者: ariya


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007 マーシャの傷


 ここ1週間、マーシャはありとあらゆる手を使ってアデルを追い出そうとした。


 入口付近に扉を開けば砂がこぼれるように細工を施したり、お茶会の作法の授業に使用するカップの中に虫を忍ばせたり、背中に蛙を放り込んだりとやりたい放題だった。


 はじめは驚いたが段々マーシャの行動が読めるようになった。

 ただ一つだけアデルはマーシャに言わなければならないことがあった。


「背中に蛙などを忍ばせたり、化粧品に小麦粉を混ぜるのはやめてください」


 これは効いたようだとマーシャはくすくすと笑った。


「人によってはアレルギーを起こすものがおります。礼儀作法以外に人に危害を加えることに関してはしっかりと教えておいた方がいいと判断しました」


 アレルギーの知識についてアデルは知っていることをマーシャに伝えた。

 皮膚のかぶれが多いが、酷い状況になると粘膜の症状を引き起こす。


「粘膜の症状は喉の奥、胃腸、気管支に現れます。喉が腫れると水が飲めなくなりますし、胃腸もやられると嘔吐下痢を引き起こします。長い間水分をとれなくなれば脱水症に至り命の危険すらあります。そして気管支ですが、喘息のような症状をおこし空気の通り道が狭くなり命を落とすこともありえます」


 アレルギーを起こすものは人によってさまざまである。

 昆虫を皮膚につけただけでなる人もいる。


 最近は小麦粉を顔に塗る行為で将来的に小麦アレルギーになってしまうという報告があり、婦人の化粧品に小麦粉を入れたものは禁止となったと騒ぎになっていた。

 ちょうどアデルが14歳の頃である。


 マーシャはさぁっと青ざめた。


「マーシャ様、どうしました?」

「ごめんなさい。私、そんなつもりじゃなかったの」


 ぽろぽろと涙をこぼす姿にアデルは慌てて彼女の傍に寄り添った。


 喘息という言葉でマーシャは母のことを思い出したようだ。

 マーシャの母は喘息発作で命を落とした。

 幼い頃から何度も発作はあり、いつもひゅーひゅーと音が聞こえていたのをマーシャは覚えてる。


 6歳の頃に大きな発作を起こし、薬も効かず、医者が駆けつけたがすでに窒息死してしまったのだ。


 マーシャの泣いて母を呼ぶ声に母は応えられず苦しいまま意識を手放した。


「ごめんなさい。ごめんなさい……私、前の先生にもして……もしかしたら死んでいるかも」


 ぐずぐずと泣くマーシャにアデルは困惑した。

 彼女を落ち着かせて、使用人たちに確認した。


「前の家庭教師も同じイタズラを受けていました。化粧品に小麦粉の塊がたくさん入っていたのですぐに気づいたそうで……皮膚には塗っていません」


 これはジーク男爵も知っていることで、肌につけていなかったとはえ補償金を支払ったという。

 これをマーシャに伝えればよかったがジーク男爵はそこまでしていなかったようだ。


「よかったわ。前の家庭教師は誰も皮膚につけていないのよ。だから泣くのをやめて」

「ママ、ママ……ごめんなさい」


 アデルはマーシャの頭を優しく撫でてやった。


「マーシャ様は優しい子です」

「優しくないわ」

「優しくなければ自分のしたことをこんなに悔んだりしません」


 悪戯だと認識していたものが恐ろしいことを引き起こすと知りマーシャは深く悲しんだ。

 それが母と同じ症状を起こすかもしれないと知り、なおさら。


「それではマーシャ様が今からすることはわかりますよね?」


 マーシャは首を傾げた。


「……どうすればいいの?」

「手紙を書くのです。前の家庭教師の先生に今までしてきたことを謝る」


「許してくれるかしら」

「許さないかもしれません」


 それを聞いてマーシャは唇を尖らす。


「そこは大丈夫と言うものではないの?」


 確証ないことは言えない。

 許されない場合もあるということを知るのは大事だと思った。


「それでもマーシャ様は反省したということをきちんと形にしましょう」


 それが大事なことだ。

 手紙を読んでくれても、読まなかったとしてもマーシャが二度とこのようなことをしないというけじめを形にしよう。


「一緒に書いてくださる?」

「ええ、もちろんです」


 手紙の書き方も教育の一部である。

 アデルはマーシャに手紙の書き方を教えた。

 まずはマーシャの純粋な気持ちを一番にして書かせた。

 それが失礼な内容ではないかだけ確認して一緒に郵送した。


 ジーク男爵が黙っていた小麦粉のことをマーシャに伝えたので、後で色々言われるだろうかと心配になったがむしろ感謝された。

 母親のことでマーシャが深く悲しむだろうとその時どうすればいいのかわからず言えないままだったという。


 将来マーシャが貴族の令嬢への嫌がらせで小麦粉を混ぜたら大事になっていただろう。

 その前にマーシャが重大さに気づけてよかった。


 その日からマーシャは少しだけアデルの言うことを素直に聞くようになった。


 すぐに疲れた、もう休みたい、こんなことして何になるのよと愚痴を続けるが、根気強く促せばマーシャは渋々と練習をしてくれる。


 とりあえず挨拶の仕方だけはなんとか様になってきた。

 家庭教師をはじめて3週間目のことである。


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