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アーデルハイトはお家に帰る(2026年9月26日完結予定)  作者: ariya


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004 アデルの不遇な日々


「ここで考えても仕方ない。別の証言を集めるぞ」


 クラウスは頭を抑えて考えた。


「次は、アーデルハイトを駅まで送った御者」

「お呼びいたします」

「いや」


 クラウスは立ち上がり、ヨハンを伴い部屋を出た。その足で馬車の管理人の小屋へと向かった。


 部屋でじっとするのは落ち着かない。少しでも動いて頭を揺り動かしたかった。


 自分のいない間にアデルの周りで何が起きたのか全く想像できない。


 2年の間一切会うこともなかった――クラウスの頭の中にいるアデルは一人泣いているだけだった。

 それが伯爵夫人としての事務仕事はこなしていたとは思いもしなかった。


 そして突然の失踪だ。


「びっくりしたわ。旦那様が帰ってくるなんて」

「それだけ嬉しかったのよ」


 ひそひそと物陰でメイドが三人、お喋りをしていた。

 クラウスが近づいているのにも気づかず。

 ヨハンが咳払いしようとしたのをクラウスが止める。


「私みたのよ。奥様の部屋に離婚届の書類が置かれているの」

「ああ、ようやくあの山羊女から旦那様は自由になるのね」

「ふふ、ざまぁみろよ。ようやく自分の立場を理解したのね。あの山羊女は」


 だんと壁の叩かれる音が響き、三人のメイドはびくっと肩を震わした。

 音の方をみるとクラウスが壁に拳を当てていた。


「だ、旦那様」


 メイドたちは一斉に青ざめて頭を下げる。


「今お前たちは女主人を山羊女と言ったな」

「いえ、そんな」

「私が嘘をついていると?」


 有無を言わさないクラウスの言葉にメイドたちはお互いの顔を見合わせた。


「後で話を聞く。部屋で待機させておけ」


 謝罪を叫ぶメイドたちを他所にクラウスはその場を立ち去った。


 ◆◆◆


 トマスは馬と馬車の管理小屋で過ごしていた。

 もうすぐ定年間際で荷物をまとめている様子であった。彼は恭しく主人に頭を下げる。


「確かに下りの汽車に乗ったんだな」


 アデルが乗った汽車はどちら方面に走っていたか何度もクラウスは確認した。


「はい。間違いありません。駅員にも確認しました。間違いなく奥様は下りの汽車に乗っています」


 となるとやはりアルフォス山脈の方面を目指したのだろう。

 彼女が行く場所など故郷以外に思いつかない。


「何故急に……」

「急ではありません」


 トマスは思わず口にしてしまったことに慌てた。

 主人に対して生意気な口だったと反省した。


「申し訳ありません。不敬でした」

「いや、考えを聞こうか」


 しかし、とトマスは言い渋った。クラウスは続けて言うようにと命じた。


「当日は私も驚きました。……ですが、奥様は限界だったと思います」


 アデルの2年間の感情の変化を間近で見て来たから言える。


「お茶会や社交界の帰りに何度も涙を流していました。時には馬車内で不満を大声で叫び喚くことも」


 トマスも噂を耳にしていた。

 お茶会でも、社交界でもアデルは馬鹿にされて過ごしていた。


 夫に見向きもされず、エスコートを頼める男もいない惨めな女と。


 クラウスは頭を抱えた。

 確かに社交界でエスコートを受けない淑女は見下される。


「まさかアデルは一人で社交界に出向いたのか」


 てっきり屋敷内に閉じこもっていると思っていた。


「何故、予定を言わなかったんだ」

 

 言えば少しは調整できたものを。


「私と一緒に行きたくなかったのか」

「いえ、奥様は何度か旦那様に手紙でエスコートの依頼をしていました。何度も無視されてついには諦めたと」


 トマスはアデルに同情的だった。

 若い娘が頼る者もいなく馬車の中で泣いているのは気の毒に感じ、彼女の気晴らしに綺麗な景色へ案内した。

 トマスの気遣いでアデルは次第に気を許して、彼に悩みを口にした。


「ということは、アーデルハイトは何度も私に手紙を送ったということになるな」

 クラウスはちらりとヨハンを見つめた。ヨハンは頭を抱えた。

 アデルの手紙がどこへ消えたのやら。意図的に処分されてしまったようだ。


「旦那様、何故今まで帰ってこなかったのですか」


 トマスは恨めし気に呟いた。


「旦那様が帰ってきて、奥様のエスコートをしてやれば奥様が悔しい思いをせずすんだのに。他の使用人たちも奥様を軽んじることはなかったのに」


「ほう」


 クラウスは先ほどのメイドの軽口を思い出した。

 確認するとアデルは2年間、使用人たちから主人として扱われなかった。

 使用人たちから世話をろくに受けておらず身の回りのことは全部自分でしていたようだ。


「ヨハン」


 使用人たちの監督はヨハンに一任している。

 ヨハンは弁解せずクラウスに頭を下げた。


「申し訳ありません。私が把握していなかったばかりに」


 クラウスは頭を抱えた。


「どうやら使用人たちを入れ替えた方がよさそうだ」


 少なくともアデルの身の回りの世話をすべき使用人たちは速攻解雇する必要がある。


 彼女たちだけではない。

 アデルの不遇を見落とした使用人らにも何かしらの対処が必要だ。


「トマス、もうすぐ定年だったな」

「はい」

「契約延長をしたい。給金はあげておくので残って欲しい」


 アデルが信用しアデルを支えていた御者には残ってもらいたい。


 トマスはすぐには頷かなかった。


「奥様が戻ってくるというのであれば」

「戻ってくる」


 そう断言するが、クラウスは内心自信がなかった。


 この2年間、自分はアデルに全く向き合っていなかった。

 アデルから手紙が来ないのは自分に会わなくなって良かったと思ったからだろうと勝手に解釈していた。


 トマスの言う通り何回か帰るべきだったのだ。


 反省しても今更すぎて、遅い。


 クラウスはただ自分の愚かしさを悔いた。


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