032 挿話 クラウス・ローゼンバルト③
アデルと出会ってから三日後、レガルドに呼び寄せられた。
クラウスは心の底で嫌悪感を抱き、隠す気もなく父に挑むように睨んだ。
「できればお前にはアーデルハイトと仲良くしてほしかったが……」
レガルドは諦めるようにため息をついた。
「突然、婚約者だと言われても動揺します」
父の耳にはっきりと届くように不満を口にした。
クラウスも貴族の、伯爵家の嫡男である。
自分の結婚が単純な恋愛結婚で成立するとは限らない。家同士の利益の為に父が決めた婚約者に出会うことも理解していた。
「貴族の令嬢であれば私は受け入れたでしょうけど、彼女は山羊飼いの娘」
「貴族の血は持っている」
(とっくの昔に爵位を返上した家系で、平民ではないか)
「果たしてこの婚約はローゼンバルト家に何をもたらしてくれますか? 周りからはゴシップのネタにされるのが目に見えています」
「やはりお前には無理だったか。それでも彼女は大事な娘だ」
半分諦めかける表情にクラウスはすぐに次の言葉を繋いだ。
「何故父上は彼女を伯爵家に入れたいのです?」
クラウスにはわからなかった。父が何故そこまでしてアデルにこだわるのか。
「一体彼女は何なのです?」
その言葉にレガルドは沈黙をした。ちらっと書斎机の方をみやる。何度か落ち着かせるように呼吸をして、ようやく出たのは応えられないということである。
「今は教えられない。お前が伯爵位を継いだ時に話す」
「それで彼女を妻としてみろと言われても納得などできません」
レガルドはため息をついた。
「これは……仕方ないか」
「ですが、父の後妻になる方がもっと受け入れられなかったでしょう」
皮肉を込めて伝えた言葉にレガルドは「うぅ」とたじろぐ。
「結婚しても彼女をそのように見られなかった場合は夫婦の務めは諦めてください。その時は分家から養子をもらいます」
冷めた夫婦になる可能性もある。それでも父は仕方ないと頷いた。
「明日からアーデルハイトには食事に参加してもらう」
レガルドのいう通り翌日からアデルは朝の食事に現れた。
何事もないようにふるまおうとしていたが、クラウスを視界にいれると表情が曇ってしまった。その反応にクラウスは苛立ちを覚えた。
彼女は静かにテーブルにつき食事をとっていた。まだぎこちない手であったが、なるべく零さないように懸命にしていた。目に力を入れ、真剣なまなざしで皿を睨みつける。食事をするだけで随分と疲れることだ。
クラウスは呆れながらも彼女の様子を気にしないように食べ続けた。
夏季休暇が終わるまで何度かアデルと顔を合わせる機会があったが二人は最低限の言葉を交わすだけだった。
途中から父が出張で不在になり、二人だけの食事は会話が全くない食事であった。
(これであれば自室でとった方がましでは?)
アデルも好んでいない男と一緒に食事をとるのは息がつまるだろうに、毎日決心したような表情で食事に臨んでくる。
学園に戻る前、一緒に食事をとったときアデルの顔に疲労感がみえた。
目の下にくまがあり彼女にとってはクリスが用意した教育はかなりハードなものだろう。
それでも同年代の令嬢と同じレベルに近づくには通常のスケジュールでは間に合わない。
1か月前に比べると随分所作がスムーズになったように思う。食器類の音はまだあるが以前より目立たず耳に響くことはない。
(この短期間によく頑張るな……)
途中からクラウスは感心していた。アデルの努力を認めるようになっていた。
◆◆◆
「クラウス様、お久しぶりです」
学園に戻ると同学の女子学生が声をかけてきた。クラウスは軽く挨拶をする。
「会えなくて寂しかったわ」
少女はもじもじとさせながらクラウスにお願いをしてきた。
「一週間後にお茶会が開かれるのですが、エスコートをお願いできないでしょうか?」
学園内は小さない社交の場となっていた。
まだデビュー前の貴族令息・令嬢らはそれぞれ交流の場を設けている。有力な貴族の子どもは場所を借りてお茶会を開くことがあった。お茶会はあくまでお茶会なので、エスコートの必要性はない。
親が決めた許嫁を持つ令嬢は他の令嬢に自慢するようにエスコートをさせることがある。
(わかりやすい下心だな)
少女のやや上目遣いの瞳で見つめられてクラウスは内心困った。
周囲の少女たちのひそひそした声で、他にも狙ってくる者もいるとわかりうんざりする。
学園では良い教育を受けられて満足しているが、こういうのに巻き込まれるのは面倒くさかった。
「すまないが他をあたってくれ。一応、婚約者がいるんだ」
口から出た瞬間に浮かぶのはアデルの姿であった。
少女はショックを受けたように落ち込んだ。周りにも広がる。
「嘘よ、クラウス様には婚約者がいないてパパは言っていたわ」
「誰よ誰……どこの令嬢かしら」
噂はあっという間に広がっていく。同時にお茶会のエスコートの依頼の頻度が減っていった。
(これはかなり助かった)
不本意ながらこの時ばかりはアデルの存在に感謝した。




