033 挿話 クラウス・ローゼンバルト④
冬季休暇の頃に伯爵領へ戻った時、アデルは想像以上の成長をみせていた。
「おかえりなさいませ」
初対面のぎこちなさはなく、以前より自然な動作である。
(これなら、お茶会に出ても恥を欠くことはなさそうだ)
「アーデルハイト様たら、先週も家出ささたのに随分澄ました様子で」
「これで3回めでしょう? そんなにここが嫌なら故郷へ帰ればいいのに」
「旦那様が連れ戻したそうよ。忙しい方なのに……」
使用人の噂を聞いて、クラウスはため息をついた。
「家出したのか?」
「……はい」
クラウスからの質問にアデルは視線を下の方へと向けた。おそらく感情が出て隠しているのだろう。
クラウスとアデルは今お茶を一緒に飲んでいた。
父からの言いつけで、滞在中は三日に一度アデルの部屋でお茶を飲むことになっていた。
アデルは質問に対して「はい」「いいえ」という単純なものばかりである。
ふと彼女の手をみると手が包帯だらけだった。裁縫の練習で傷を作ってしまうらしい。
「傷がみっともない。他の作法や勉強でたいへんだろう。裁縫は後回しにしてもいいんじゃないか?」
「お気遣いは必要ありません」
ようやくアデルから出た「はい」「いいえ」以外の回答だった。
アデルは手に力が入らないようでカップを皿に置く時に音が出てしまった。
「……」
しまったという表情が見えた。
包帯のせいでカップは持ちにくそうだったのがわかる為、クラウスは何も言わなかった。
◆◆◆
帰省中、クラウスは伯爵家の騎士に剣と弓の稽古をつけてもらっていた。伯爵家の騎士たちを率いるのに相応しくなっておきたい。
1日の稽古を終わらせた後クラウスは自室までの近道を通った。
途中で母のお気に入りだった薔薇園を通る。
薔薇園は小さな池に、ガゼボが建てられている。
——「亡き奥様はあのガゼボで読書をするのが好きでした」
以前、クリスから聞いていたことを思い出した。
ガゼボの椅子に人が座っており、クラウスは目をこらすとアデルがぼうっと池を眺めていた。
クラウスは一瞬、声をかけるべきか悩んだ。
(どうせまた喧嘩になる)
ここは彼女に譲って、通り過ぎようとした。
その時、ふと彼女の腕をみる。
彼女は袖を捲し上げ、水のつけた布を直接皮膚にあてていた。
(こんな寒い時期に何をしているのだ?)
クラウスは物陰から見ていると、彼女は布を外してふぅっと腕に息を吹きかけた。
アデルの腕は酷いミミズ腫れで痛々しいくら赤かった。
それが何の痕か考えなくてもわかる。彼女は誰かに鞭でぶたれているのだ。
(あれは、いや……まさか)
クラウスはクリスの部屋へと直接訪れた。
「アデルの教育者の中に体罰を下している者がいるのではないか?」
「それはまさか……いえ、確認してみます」
ローゼンバルト伯爵家で雇った教師でそのようなことをする者はいないとクリスは言いたかった。だが、クラウスの指摘を無視できずクリスはすぐに対応した。
後日、クリスから報告が届けられる。
「家庭教師の夫人がアデルに体罰を繰り返していました。夫人をすぐに解雇しました」
少し前に、クリスはアデルのもとへ訪れて謝罪していた。
「アーデルハイト様はお許しいただきました」
「そうか」
例の家庭教師がいなくなったのであればそれでいい。この話は終わりだとクラウスは切り上げようとした。
「若様、このことをアーデルハイト様に伝えなくて良いのですか?」
「何を? もう家庭教師の処分は伝えたのだろう」
「クラウス様がアーデルハイト様を気にかけてくださったことをです。そうすれば少しは関係が修正されるかもしれません」
クラウスは苦笑いした。
「必要ない」
アデルに感謝されたくてやったことでもなく、彼女に変に気を遣わせるのは嫌だった。




