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アーデルハイトはお家に帰る(2026年9月26日完結予定)  作者: ariya


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027 挿話 アルベルト・バイエルの家族③


 ゲルトが見学へ行った日、工事現場から血相を変えて走ってきた男がいた。


「た、たいへんだ!」


 彼は青ざめて人手を求めた。


「土砂崩れが起きた。巻き込まれた人がいっぱいで……とにかく来てくれ!」

 

 土砂崩れの現場。

 そこにゲルトもいた。


「ああ、そんな!」


 青ざめたマリーは崩れ落ちた。

 

 ようやく土砂から救出されたゲルトは息をしていなかった。


「このバカ息子め!」

 

 アルベルトはゲルトの亡骸に何度も殴りかかろうとし周りが止めに入った。

 

「馬鹿ゲルト。何のために戦争へ行かせなかったのかを考えろ。折角の利口な頭を台無しにしおって!」

 

 何度もゲルトを罵倒し続け、マリーが泣き始めた。

 

「ごめんなさい。お義父さん。私がいなかったらゲルトは死ななかったのに、ごめんなさい」

 

 マリーの泣き声でアルベルトはようやく冷静になった。

 大きくなる腹を抱えマリーは今どんな気持ちであろうか。


「……すまなかった……マリー、どうか元気な子を産んでくれ。一緒にブランへ帰ろう」


 マリーも大事な家族である。アルベルトはマリーのお腹の子を守ると決めた。


 ◆◆◆

 

 マリーのお腹が大きくなるにつれてアルベルトはマリーを気遣った。


「マリー。何度言えばわかる。重いものは持つな」

「果物を買ってきた。これならお前でも食べられるだろう」

「スープは俺の方がうまく作れる、お前は皿でも並べておけ」


 ぶっきらぼうな言い方が続く。

 

 マリーはいつも笑顔だった。

 アルベルトのきつい物言いは、自分の体を第一に考えてくれているとわかっていたから。

 

 アルベルトは病院の下働きと集落の建築業の手伝いをしてマリーを支えた。


「すまないなぁ。今日は柔らかいパンが買えると思っていたが……」

 

 アルベルトは不甲斐なさを恥じた。


「お義父さん、美味しいですよ」

 

 マリーは固いパンは何よりものご馳走だと笑った。


「お義父さんの買ってきてくれたパンはこの子の肉になります。作ってくれたスープはこの子の血になります」

 

 日々の糧に感謝するその姿は敬虔なロマ教信者であった。マリーの所作は時折上品で、聖母のような気高さを感じる。

 

 子供が生まれるまでの日々、繰り返されるマリーとの会話の中でアルベルトは気づいた。


(マリーは教養高い女性だ。何故、この辺境で看護師をやっていたかわからんが何か事情があるのだろう)


 もしかすると没落貴族の血筋だったのかもしれない。

 

「子供の名前は何にしましょう」

 

 予定日が近づく中マリーはアルベルトに尋ねた。


 生まれてくる子供が男か、女かわからないのに決められない。

 

「お前の子なんだ。お前の好きにしなさい」

 

 それじゃあとマリーは顎に手をあてて考えた。

 

「男の子だったらゲルトがいいです。女の子だったら……」

 

 親の名前をつけるのはよくあることだ。母親の名前からマリアにでもするのだろうか。

 

「アーデルハイト、……アデルはどうでしょう」

「悪くない」

 

 アルベルトは特に異論を感じなかった。

 

 生まれてくる子供はゲルトか、アデル。


「呼ぶのが楽しみだ」


 アルベルトの呟きにマリーは微笑んだ。


 ◆◆◆

 

 神は何度アルベルトに苦難を与えるのだろうか。


「マリー、しっかりしろ」

 

 出産日間近、マリーの状況が思わしくなく、アルベルトは彼女を背負い病院へと訪れた。


「アルベルトさん、あなたも着替えた方がいいわ」


 看護師に着替えを用意してもらいアルベルトは首を傾げた。

 腰あたりに血がべったりとついていたことに気づき、さぁっと青ざめた。


「神様、どうかマリーを……家族を助けてくれ」

 

 この時ばかりはアルベルトも必死に神に祈りを捧げた。

 

 嫌な予感はあたってしまった。

 

 マリーは大量の出血で亡くなってしまった。


「子供も危ない状態でした。無事生まれたのは奇跡です」


 医者の説明の中、アルベルトも医者も素直に喜べない面持ちであった。

 

(それでも生まれてきた子供、アデルを守らなければならない)

 

 病院のボランティアで母乳を与えられアデルはすくすくと成長した。母乳離れした二歳の頃にアルベルトはアデルを連れて山を越えブラン町へと帰った。

 

(アデルは母親に似ている。おそらくマリーの幼少時と瓜二つだろう)

 

 アルベルトは目を細めてアデルを見つめた。

 

 アデルはマリーと同じダークブラウンの髪、マリーと同じ薄い紫の瞳を持っていた。


(不思議な色だ)


 アルベルトは何度もアデルの瞳を見つめた。

 性格はアルマに似ている気がする。

 

「おじいちゃん、行ってくるね」

 

 アデルは山羊使いのヴィムと山羊の放牧にでかけるのが日課になっていた。

 

 ヴィムは不思議なくらいアルベルトに似ている。


 血は繋がりなどないが、ゲルトよりもアルベルトに似ているとパン屋は言っていた。


 おじいちゃん子のアデルはヴィムによく懐いていた。


 ふとアルマ——死別した妻を思い出だした。

 

 アデルがいない間にアルベルトは荷物の整理をはじめた。


 アデルが生まれてから息をつく暇もなかったが、アルベルトはようやくマリーが残したものを開いた。

 

(出産後すぐにブラン町へ出発できるようにとマリーは荷造りをしていたおかげで助かったな)


 マリーが用意した荷物には、子供の着替えに、熱を出した時の薬、清潔な布、そして未開封の手紙が入っていた。


 荷物に入っていた未開封の手紙だけまだ手をつけていなかった。

 

 光をあててみると文字がみえない。


 随分と上質な紙で、中には濃い目の紙が入っており透かせないようにしてある。

 

 封筒には「我が親愛なる友・レガルド」と書かれている。


(マリーの字ではないな)


 マリーはこの手紙をブラン町に着いたら送る予定だったのだろう。ゲルトとマリーの会話を思い出す。


(確かオーガストにマリーの兄の友人がいたと言っていたな)

 

 レガルドがどこの誰だかわからない。


(マリーには悪いが、中身を確認しよう)


 この手紙を、マリーの知り合いレガルドに届けたい。

 

(俺がマリーにしてやれる最後のことだろう)


 アルベルトは手紙の封を切った。

 

 そしてアルベルトはマリーの秘密を知ることとなる。

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