024 花祭の中
ホテルを出ると軽快な音楽が流れて来た。
吟遊詩人が物語を披露し、人形師が劇を繰り広げている。
道化師の技で人々は拍手喝采であった。
(本当に大きなお祭りなのね)
アデルは花祭りに出たことがなかった。
小さい頃は、祖父から「人が多く危険だから」と言われていたのを今も覚えている。
「離れないように」
クラウスはアデルの手を握り祭りの中を歩いた。
「もう、子供じゃないのよ」
そうはいうがこの人の多さは少し不安になる。クラウスの手は頼もしく感じた。
いつもみる出店もあるが、普段よりも多くの展示をしている。
「お嬢さん。普段は置かない珍しい代物を準備しているよ」
呼び止められアデルは思わず首を横に振った。
「ほう、アメジストの装飾品が随分多いな」
クラウスは歩を止め展示品を眺めた。
(急いで帰るんじゃないの?)
アデルはジト目でクラウスを見つめた。
「ええ、メルティーナからわざわざ取りそろえた品だ」
「では、こちらを貰おうか」
クラウスが手にしたのはアメジストのブローチであった。小さい石がちりばめられて花の形を作っている。
それはアデルの胸元に取り付けられた。
「どうしたのですか?」
アデルは思わず尋ねた。
クラウスが出店で宝石を買うなど想像つかなかったからだ。
「折角の祭りだ。祭りの気分で買うのも悪くないだろう」
彼の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。
「悪くない……だが、お前には赤い宝石の方がいいな」
赤はローゼンバルトの色である。クラウスの瞳は美しいルビーの色であり、一族の象徴であった。
「あなたが私に買ってくれたのは緑でした」
「実際着けた姿がどうかわからなかったからな。昨日の姿でお前には赤が良いと確信した」
クラウスは再びアデルの手を握り、駅へと歩く。
人通りの多い道、後ろをみるとクラウスの部下が主人を見失わないようについてきていた。大きな荷物を持ちながら大変そうだ。
駅についたところ、汽車の出発は近い。
部下に急かされる形でクラウスは汽車の入り口まで案内された。
「エミル卿、任せたぞ」
クラウスは置いていく部下に声をかける。
「承知しました」
エミル卿は承知していると背筋を伸ばした。
「アーデルハイト」
再びクラウスはアデルの方へ向いた。彼はアデルを抱き寄せた。
「王都での問題を片付けたらすぐに戻る。だから、私の手の届かない場所にいくなよ」
「見張りを置いておいて何を言っているのです」
無論アデルはアルフォス山脈を離れる予定はない。
クラウスに居場所を知られてしまっているのは嫌だが、アデルにとってここが大事な故郷なのだ。
汽車の音が鳴り響き、巨体はゆっくりと動き出す。次第に早くなり汽車はアデルの前から姿を消した。
「え、と。エミル卿でしたね」
アデルはくるりと騎士の方へ振り向いた。
「はい、奥様の身辺を御守します。夜は安心してお眠りください」
小屋の外で警護しようというのか。さすがに夜は冷え込むだろう。
「しょがないから、屋根裏にベッドを作るわ」
祖父の部屋を使わせようと思ったが、主人のクラウスが使っていた部屋で遠慮されてしまった。
藁を敷き詰めて、新しく買った毛布があればそれなりに温かいだろう。
(真冬の時ではなくて良かったわ。念のため湯たんぽも用意しておきましょう)
いろいろしたい気分であった。
大きな仕事が終わったばかりというのもあるが、クラウスがいなくなって寂しいと感じるなど自分はどうかしている。
(あれ程早くいなくなって欲しいと願ったのに)
数か月前の自分では考えられないことだ。
久々に出会った時は、クラウスを恨みがましく感じた。
しばらく一緒にいて彼の知らない面を知ってしまい愛着を感じてしまったようだ。
(離婚したいのに、何てこと)
恋しいと思うなど、知りたくもなかった感情である。




