023 ホテルの朝食
朝食を食べていたアデルは戻ってきたクラウスを迎え入れた。
「アーデルハイト」
「何でしょう」
フォークを一旦置いてアデルはクラウスの方へ視線を向けた。
「一度王都に戻らなければならない」
「……そうですか」
ここから王都まで汽車と馬を使って十日はかかることだろう。
「用事を済ませたらすぐに戻ってくる」
(戻ってこなくても良い)
アデルはそう口にしようとしたが、うまく声を出せずにいた。
「その時は一緒に帰るぞ」
「帰りません」
何度目になるかわからない問答にクラウスは呆れたことだろう。
アデルはちらりとクラウスをみると、彼の表情に特に呆れた様子はなかった。
ただアデルを見つめ微笑んでいた。
アデルは困ったように視線を伏せた。話題を変えてしまおう。
「そうだ。改めてお礼を言います」
「何をだ?」
クラウスは首を傾げた。
「一つは私の家庭教師の手伝いをしてくれたことです。あなたのおかげでマーシャ様のデビューは問題なくすみました。ヴィムへの教育は私には難しかったので」
(突貫工事で動いて覚えさせる作戦だった。正直あそこまで形にできたのはクラウスのおかげだわ)
クラウスがヴィムにしたことは、紳士の所作で相手がどう反応するかというものである。
何故、そういう考えに至ったかについてを男性の視点で教えてくれた。クラウスの教えでヴィムの動きが明らかに変ったのは確かである。
「そして、あのドレス……」
目立ってしまったのはアデルとしては困ることだ。
しかし、用意されたドレスを身に着けた時、少しだけ心が弾んでしまった。
アデルの為に用意されたドレスであり、クラウスがはじめてアデルの為に用意したドレス一式である。
「綺麗なドレスで、私には二度と着られないものです。良い夢を見させてもらいました」
「また着ることはできる。私の妻なのだから」
アデルは苦笑いした。
彼が離婚を全く考えていない様子に困ってしまう。
「そうだな。お礼をもらいたいのだが……」
しばらくクラウスは考えて口にした。
「帰りませんよ。離婚もしてもらいます」
言われる前にアデルは拒否の姿勢を示す。
「その話は次に戻った時にしよう」
クラウスは食後のコーヒーに口をつけて、カップをソーサーに置いた。
「外は花祭りで盛大なようだ」
「部下の話では急いで帰らないといけないのでは……」
(王都別邸で問題が起きたようで、観光できる余裕はなさそうだけど)
「今は人が多い。すぐに馬車を動かすことはできないだろう。駅までは歩くしかない。私と手を繋いで、見送って欲しい」
「そ、そのまま私を連れ出そうとしているのではないのですか?」
警戒心を示すがクラウスは困ったようにため息をついた。
「お前を迎える前に片付けるべきことがあってな。今は、このアルフォス山脈から離れなければよい。そうすればまた会える」
この数分でようやく出たクラウスの考えだった。
「エミル卿を置いていく。何かあれば言うように」
後ろに控えている騎士の一人が頭を下げた。寡黙な、騎士である。
結婚式で顔を見たように思えた。
「山羊飼いの娘に騎士は必要ありません」
「お前が嫌がってもエミル卿はお前の傍を離れないぞ」
命令しているのはクラウスだから。
(いくら何でも気の毒だわ。私の為に、辺境に置いて行かれるなんて……)
「ご安心ください。奥様、私は実家が馬牧場なので多少の山暮らしには慣れているつもりです」
安心させるように言うエミル卿からはアデルへの邪険にした態度は見受けられなかった。
伯爵家での生活のおかげでちょっとした悪意の視線に敏感になっていたアデルは少しばかり緊張を解いた。
「そう、なら普通に働かせるからね」
冗談めかしにいうアデルにエミル卿は強く頷いた。




