022 報告書
目を覚ますと見覚えのない天井でアデルは慌てて起き上がった。
「ここは……」
場所を確認すると、ゴート市の高級ホテルの一室だとすぐにわかった。
大きいベッドにまさかとアデルは頭を抱える。
自分の着ている服はホテルの用意した寝間着であった。
コルセットや窮屈な下着は全部取り払ってくれている。
頭と顔に触れると髪のセットや化粧が綺麗に取り払われてケアをしてくれている。
さらっとした髪の感触に驚いてしまった。
(あのままクラウスと一緒に寝てしまったのか……離婚したい相手と?)
広々とした部屋は巨大なベッドと、さらにリビングスペースが広げられていた。
「あー。腰が痛い」
ベッドから距離のあるソファからクラウスは起き上がる。
「あなた、そこで眠っていたの?」
「そうだよ。はぁ、このソファはに合わないな。藁ベッドの方がまだましか」
とんとんと腰を叩いて起き上がったクラウスはゆっくりとアデルの傍に近づいた。
「そんな、無理してソファで寝なくても」
「一緒に寝ても良かったのか」
「私がソファで寝てあなたがベッドで寝ればよかったのです」
さすがにそれは男としてどうだろうとクラウスは笑う。
「私の髪、服は?」
アデルは動揺しながら確認する。さすがにクラウスがそこまでできるはずがないだろう。
「ホテルのサービスだよ。女の使用人がお前の髪と肌の手入れをしてくれた。まさかあんなされるがままでびくとも起きる気配がないとは、余程疲れていたんだろう」
少し考えればわかることだろうとクラウスはアデルの頬に触れた。
アデルはクラウスに視線を合わせようとしない。
昨日のことを思い出してしまった。
クラウスがアデルのことを「好き」ということに未だに受け入れができていない。
「どうして突然言うようになったのです」
「何を」
「す、好き、という言葉です」
慣れない好意の言葉のようで、アデルの反応が思った以上に面白い。
「ヨハンに言われたんだ。お前も、ヨハンも誤解していたとなればこれからは自分の感情はきちんと伝えるようにと」
「すごく今更です」
アデルとしては離婚する気満々伯爵家を出ていった後だ。遅すぎる。
「お前は俺のことをどう思っている?」
クラウスの問いにアデルは目を泳がせた。
「そんな、改まってきかれると」
困るとアデルは呟いた。
「俺のことを夫として向き合おうとしてくれたんだったな」
ブランでの久々の会話を思い出す。確かにそう言っていた。
「二年前のことです」
アデルは視線を横へと向けた。
「ということは好いていたということだろうか」
アデルの顔がおおいに赤く染まっていく。
(何で今になってこんなに接してくるのよ)
「今は嫌いです」
「今は……ね」
クラウスが耳元で囁くと、アデルは悔し気に彼に目がけて枕を投げつけた。
彼は全く気にせず枕を受け止めた。
それが腹立たしい。
「旦那様、今よろしいですか?」
部下がこのように朝の会話を邪魔するなど何か余程のことであろうか。
クラウスは不機嫌な表情で部下をみていた。
「大事な報告みたいだから優先してあげて……」
「だが」
ここでアデルが何も言わずに帰ってしまうことを心配しているようだった。
「私は朝食を食べて待っておくから」
アデルにそうまで言われてクラウスはようやく別の部屋へと移動した。
◆◆◆
部屋を移動した後、クラウスは部下からの報告を受け取った。
報告の手紙は2通。
「ヨハン殿からの手紙と、王都の別邸の報告です。王都の方は早く戻ってきて欲しいと悲鳴をあげている様子で……」
「まずは優先事項から確認する」
クラウスが先に開いたのはヨハンからの報告であった。
伯爵領の屋敷での使用人の総入れ替えは終了している。
ヨハン自身にも罰が与えられていた。
給与の3割をカットし、待遇を執事補佐に落とした。それでも仕事内容は大きく変えていない。
「っはは」
クラウスは報告内容をみて思わず笑ってしまった。
報告書にはアデルの手紙を隠した例のメイドがようやく動機を口にしたと記載があった。
金銭と将来の待遇について甘い餌を仕掛けられアデルの手紙を盗み続け、またアデルの立場を引きずり落とすように中傷を続けていた。
その雇い主の名は予想通りのものだった。
(一応親族だから違うと思いたかったが……)
クラウスは別の報告書を確認した。
こちら王都別邸からの報告、いや帰還要請だった。
(ちょうどよく本性を出したな)
居候のマリアが女主人のようにふるまい好き勝手しているという。
注意するとマリアは実家に言いつけて、貴族侮辱罪で裁判を起こすとまで脅しているそうだ。
「弁護士の依頼書を作成する……そして、マリアを追い出すには私が戻る必要あるのか」
「そうですね。旦那様じゃないと厳しいと思います」
部下の言葉にクラウスは深くため息をついた。
(何の為に二か月、代理人と引継ぎを作ってきたと思うのだ)
主人が不在でもうまくいくために作ったのに、マリアの暴走は思ったよりもひどかったようだ。
「朝食後に返答を書く。せめて朝食くらいはゆっくりさせてくれ」
クラウスはアデルのいる部屋へと戻った。




