017 ロゼ=マリア
(マーシャ様は大丈夫かしら……)
アデルは心残りであった。
しかし、あのまま居座り続ければ、マーシャの付き添いであると知られてしまう。
マーシャまで嘲笑されてしまう可能性があった。
アデルは辺境伯の館を飛び出し、馬車が立ち並ぶ中を素通りすり。
ジーク男爵の馬車で帰るわけにはいかないので門の外で辻馬車を拾うことを考えていた。
「お待ちください、レディ」
辺境伯家の使用人がアデルを呼び止めた。
アデルは事情を説明した。
「申し訳ありません。ドレスがダメになってしまったので、私は退場させていただきます」
惨めな言い訳を伝えると使用人の男は首を横に振った。
「私たちの目が行き届かずレディに恥をかかせてしまいました」
気を遣っていただいてありがたいが、早く帰らせて欲しい。
そう言いたいが口に出来ずにいた。
「顔色が優れません。休憩の為の部屋を用意しております」
「お心遣い感謝します。ですが、必要ありません」
アデルは強張った頬を何とか動かして愛想笑いをした。うまく笑顔になっているかぎもんであるが。
「そのような顔色で出ていかれるのを放置できません。旦那様に許可を頂き、誰も出入りできないようにしております。どうかそこでお休みになられてください」
使用人の男はなかなかアデルを解放してくれない。
(確かに今、門を出たらそのまま倒れてしまいそうだ)
それだけのめまいと気分不良を抱えていたとアデルは認めた。
「では、お言葉に甘えます」
少し休んだら帰ろう。
◆◆◆
案内されたのはパーティー会場から離れた別館である。
用意された部屋には見事な赤いドレスが飾られていた。赤をベースに、白と黒のレースがあしらわれている。
(綺麗ね……)
赤いドレスは趣味ではなかったが、このデザインはアデルの目を惹きつけた。
きっと辺境伯令嬢の持ち物なのだろう。
(もしかしてこの部屋は令嬢のプライベートルームじゃないかしら……私が使って大丈夫なの?)
「お気に召されましたか? レディ」
後ろに控えていた使用人の男の言葉にアデルは首を横に振った。
「え、ええ……さすが辺境伯令嬢のドレス。とても素晴らしいです」
「これはあなたのドレスですよ」
突然の言葉にアデルは首を傾げた。
「失礼致します」
使用人が後ろへ控え、代わりにメイドが二人前に出た。
使用人が礼をして扉を閉ざすとメイドは目をきらきらさせてアデルの方へ近づいてきた。
「さぁ、さぁ、お着替えの時間ですよ」
ぽいぽいとメイドたちはアデルのドレスを脱がせる。
「ちょ、……少し待ってください」
アデルはされるままに着替えさせられる。
「折角です。髪型も整え直しましょう。蝶の花飾りも素敵ですが用意されたルビーと薔薇の飾りもきっと似合いますわ」
ドレスのサイズは思ったよりも合って驚いてしまった。
化粧を直され、髪を解き再度結い上げられる。
「見てください。こんな綺麗な大きなルビーみたことありません。さすが『ロゼ=マリア』、ルビーの輝きは国内一番ですね」
(ロゼ・マリア? 今、ロゼ・マリアと言わなかった??)
気のせいだと思いたかった。
髪のセットが終わり、鏡に映し出されたアデルは先ほどの惨めな姿ではなかった。
華やかな赤いドレスに彩られた貴婦人がそこにいた。
「夫人、疲れたでしょう。ひとまずこちらのお水を」
メイドは冷たい水の入ったコップをアデルに渡した。
「あ、ありがとう」
そういえば喉が渇いていたと気づきアデルはお礼をいいごくごくと水を飲んだ。
少し生き返った心地がした。
「さぁ、お迎えが来ましたよ」
しばらく休んだ後に扉が開かれて現れた男にアデルは驚いた。
確かパーティーには呼ばれていないと言っていたはずだ。
「さすがに辺境伯に来て挨拶をしないのも悪いと思ってな……直前だったが、快く招待をいただいた」
赤い刺繍の施された紳士用の衣装を身に着けたクラウスはアデルに手を差し伸べた。
「いつ、このようなものを用意したのです?」
アデルは思わず質問した。
「二週間前に、デザイナーに注文した。衣装作りに関してはさすがに男爵家の使用人たちの負担が大きいので、ホテル滞在の部下たちに針子を10人集めてもらった。髪飾りも一緒にしたててもらったぞ」
(急拵えでそんなことをしていたの?)
アデルは改めてドレスを見つめた。二週間でしあげたとは思えない程の出来栄えである。どれだけの針子が優秀だったかが伺いしれる。
だが、このドレスは今のアデルには華美すぎる。
「マーシャ様のデビューで、付添人が目立ってしまいます」
「ジーク男爵には既に了承してもらったぞ」
(それは……地位の上のクラウスが言えば頷かざるを得ないだろう)
アデルは娘のデビューを楽しみにしていた男爵に申し訳なく思った。
「問題なくレディ・マーシャのデビューが終わって、お前が無事に帰ればこのドレスはお蔵入りする予定だった」
「まさか、それって……」
(クラウスはエミリアが参加するのを知っていたの?)
どんな目に遭うかも想定していたのだろう。
「勿体ない……いくらしたのです」
「必要経費だ。今までお前のドレスを用意したことがなかったし、2年分だと思えば気が楽だろう」
(気が楽になどなるものか)
アデルはじとっとクラウスを睨んだ。
「レディ・マーシャのことは気にするな。既に役目を完遂させている。辺境伯とその令嬢に挨拶を終わらせて今はダンスに集中している」
アデルが準備している間、クラウスはダンスホールの状況を把握していた。
「だが、お前のことが心配で心ここにあらずといった具合だ。行って安心させてやりたいだろう」
クラウスの意地悪気な言葉にアデルは深くため息をついた。
「それなら最後まで責任もってお願いしますよ」
アデルの言葉とともに差し出された右手をクラウスは握りしめた。




