016 辺境伯のパーティー
朝からアデルは汽車の始発へと走った。
「それじゃ、行ってくるわね」
「汽車に乗らなくても送るのに」
クラウスの提案にアデルは首を横に振った。
「必要ないわ。あなたは好きに過ごしていいからね。何か困ったことがあれば駅の近くの針子小屋に声をかけて。おばちゃんたちが手伝ってくれるって、でも貴族の扱いは全く期待しないでおいて」
「もちろんだ。心遣いに感謝しよう」
クラウスは頷いた。
素直なクラウスに安心してアデルは走り出した。
◆◆◆
アデルは足早に始発の馬車に乗り込み、ジーク男爵家へと駆けこんだ。メイドたちがアデルを捕まえて、そのままバスルームへと案内する。
既にマーシャはメイドたちにされるがままの状態であった。
服をメイドたちに預けて、アデルはバスのお湯につかった。薔薇の良い香がして気持ちいい。
「お風呂って久々ね」
下着もまっさらなものを用意してくれてありがたい。
ドレスを着こんで、その上で肌のケアを開始する。髪も綺麗に整えられて夕方頃にようやく完成した。
「一応デビューのマーシャ様のお付きだからここまでしてもらわなくても良かったのでは」
完璧な淑女の姿にしてもらいアデルは恐縮する。
「いいえ、マーシャお嬢様の付き添いにして友人だからこそです」
メイドたちは絶対手を抜いてはいけなかったと声を上げた。
「マーシャ様より目立ってしまわないかしら」
「ご心配ありませんわ。マーシャ様はこの通り」
メイドたちは鼻高々な態度で完成されたレディ・マーシャを披露してくれた。確かに鼻が高くなってしまうことだろう。
水色のドレスに蝶をあしらったレース、花と蝶のモチーフにした髪飾りで彩られたマーシャは妖精の姫君とさえ思える。
「うわぁ、綺麗です。マーシャ様」
メイドたちと一緒にマーシャを讃えてしまった。
さて肝心のヴィムはどうなったことだろう。
既に馬車の前で待機してもらっているという。
マーシャと共にヴィムの方へと訪れると馬車の前に見覚えのない貴公子が立っていた。
これは確かにメイドたちは黄色い歓声をあげることだろう。
ジーク男爵が用意してくれた紳士用のパーティードレスはヴィムを別人へと変身させた。
これを見て誰が元山羊使いだと思えるだろうか。黒い髪はきっちりと整えられて、いつもよりも毅然として見える。
ヴィムは顔を上げて、しばらく沈黙をした。まずはマーシャに手を差し伸べてマーシャを馬車の中へと乗せる。
「とても綺麗です」
そういうとマーシャは嬉しそうに笑った。
「ヴィムもなかなかじゃない」
生意気な口調は変わらずこれが愛らしく感じる。ヴィムは困ったように笑った。
「アデル」
ヴィムは次にアデルに手を差し伸べた。アデルはあくまでマーシャの付き添いである。
(マーシャ様のエスコートだけ気を遣っていればいいのに……)
アデルは成長したヴィムの姿が誇らしく感じ彼の手をとった。
「素敵よ」
「綺麗だ」
語彙力の低いヴィムの最大限の高評価である。アデルは照れながらマーシャの隣に座った。
◆◆◆
ロッシュ辺境伯のパーティーは盛大に行われていた。庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、灯りで綺麗にみえるようにされている。
参加者たちは幻想的な雰囲気の庭園に見とれながらパーティーを楽しんでいた。
「マーシャ様、あちらにおられるのは」
「クラウン子爵ね。辺境伯の重臣で、アルフォス団の上官」
事前に教えていた情報をすぐに出されてアデルは頭の中で拍手を送った。
「そうです。ヴィムにとっても他人ではない方なのでしっかりと挨拶を」
「わかった」
ヴィムはこくりと頷き、マーシャに腕を差し出す。マーシャは優雅にヴィムの腕に掴みクラウン子爵にと近づいた。
挨拶は問題なく行われているようだ。
ヴィムのことはクラウン子爵も存じているようで話は思ったよりも弾んでいる。
「いやぁ、これからも期待している。2年後には是非卿と呼びたいものだ」
なかなかの好印象でアデルは安心した。
「続いては……」
次の挨拶する人物を探しマーシャに声をかける。すいすいと思った以上にマーシャはうまくパーティーでやり遂げてくれている。
ヴィムは固い印象があるが、そこはマーシャの愛らしさでフォローできている。
ヴィム自身まだ騎士見習いだから緊張しているのだろうと周りからは温かい眼差しを送ってくれるので悪くない。
さてもうすぐ主役の辺境伯が現れることだろう。
確か、辺境伯にも17歳になる令嬢がいたはずだ。
辺境伯は娘のエスコートに出ているはず。
辺境伯と、令嬢と一緒に挨拶をすれば今日のミッションはほぼ達成といっていいだろう。
(ダンスは問題ないし、心配したことは杞憂だったかしら)
直前のクラウスがヴィムに色々助言をしてくれたおかげもあるだろう。全て終わったらクラウスにお礼はしなければならない。
(伯爵家に帰るのは別として……)
「きゃあぁ!」
目の前に現れた令嬢が突然悲鳴をあげた。
周囲はアデルと悲鳴の令嬢へと向けられた。
令嬢の持っていた赤いワインがアデルのドレスにかかってしまった。
折角マーシャと合わせた綺麗なドレスだったのに。
「まぁ、申し訳ありません。折角のドレスが……」
わざとらしい謝罪の声にアデルは血の気が引いた。
「あら、あなたはローゼンバルト伯爵夫人ではなくて」
目の前に現れた令嬢は何度かお茶会とパーティーで遭遇したことがある。アデルをばかにする令嬢は多く、その嘲笑の中で特に声が大きかった令嬢だ。
(確か名前は、エミリア・エリューゼ伯爵令嬢だったと思う)
彼女は多くの取り巻きと一緒にアデルを嘲笑い、お茶会で嫌がらせを何度も繰り返した。
アデルの出すお茶に砂を混ぜたり、ケーキのクリームは砂糖ではなく塩で混ぜられたものを使いアデルの表情をみて楽しんでいた。
吐き気を誘発する薬を入れられたこともあった。
「まぁ、こんなところまで参加されたのですね? 伯爵様はご一緒ですか? ……あ、失礼。私ったら、今まで一緒に参加したことがなかったのを失念しておりました」
エミリアの言葉を皮切りに周囲はざめく。
「確かローゼンバルト伯爵夫妻て……」
夫婦仲が冷めている、王都に恋人がいる、一人でパーティーに参加する恥知らずの山羊女という単語が聞こえてくる。
あえて恥をかかせるために大声でアデルの身の上を吹聴する。
(まだマーシャ様の大事な仕事が残っているのに何てこと……)
エミリアの後ろにいたヴィムがマーシャから離れこちらへ来ようとするがアデルはじっと睨みつけ制した。
(あなたはマーシャ様の相手なのだからマーシャから離れてはいけない)
この時の対処方法で一番ましな方法を出す。
「いえ、わざとではないのでしょう。早いのですが、私は席を外させていただきます。それでは皆様御機嫌よう。辺境伯様にはどうかよろしくお伝えください」
めまいがする中何とか今まで身に染みてきた口上を口にする。
令嬢の嘲笑の中、アデルはパーティー会場から姿を消した。




