015 二人で夕食
パーティーに向けてアデルのドレスが届けられる。
まだ途中であるが、デザインはマーシャの付き添いとして彼女とデザイン・モチーフを寄せてある。
水色を基調として蝶のデザインをあしらった綺麗なドレスである。
本当はドレスはレンタルにするつもりであったがマーシャが頼み込んだ。
——「せっかくだからドレスを合わせたいわ。ねね、いいでしょう? 二着作ってもらいましょう」
子煩悩なジーク男爵は早速ギルドのつてでデザイナーを呼び寄せて男爵家の針子組は今や大忙しである。
「そういえば、伯爵様はパーティーに参加なさるのですか? わざわざ春祭り前に訪れたということは招待状を受け取っているのでは」
アデルはクラウスに質問した。
「残念だが、辺境伯とはそれほど面識はなくてね。彼も私がアルフォスまで訪れているとは知らないだろう」
招待状はないというのだ。
アデルは胸をなでおろした。
マーシャのデビューが無事終わるだけでどきどきしているので、クラウスが来たら困る。どちらに気を遣えばいいかわからなくなってしまう。
「ところでレディ・マーシャ。ドレスの合わせも同席したいのだが、いいかな? この辺りのデザインがどのようなものか興味がある」
確かに王都とは雰囲気が少し異なる。メルティーナの流行も取り入られており、新鮮な雰囲気のドレスデザインだった。
クラウスがまさかドレスに興味があるとは思わなかった。
(私のドレスには全く興味を示さなかったのに)
——「マリア様のドレスを旦那様は熱心に選んでいたそうよ」
伯爵家で聞いた噂を思い出していらっとしてしまう。
◆◆◆
「何でこうなるのでしょう」
アデルは深くため息をついた。
改めてジーク男爵家が丈夫な馬を貸してくれたのだ。二人乗っても問題なく、鞍も二人乗り用のを用意してくれた。
「徒歩よりは馬を利用した方が楽だしね」
汽車に乗るのも手であるが、帰りが遅くなった時に困る。
「アデルがお世話になっているのだからジーク男爵家令嬢の教育強化に力を貸したい。アデルは送り迎えする男ができたとでも思ってくれればいいさ」
クラウスの言葉にアデルはため息をついた。
今日は残りの時間に、クラウスがヴィムの所作を指導してくれていた。
女のアデルよりはクラウスの方がヴィムにはわかりやすいようだ。
クラウスの説明を聞いてヴィムはようやく「ああ」と今頃わかったかのように頷く動作が認められた。
納得できないが、クラウスが手伝ってくれて助かってしまう。
それがとても悔しい。
◆◆◆
時にゴート市に用事があるからとクラウスはアデルを男爵家へ届けてそのままゴート市へと馬を走らせる日もある。
授業が終わるであろう頃合いに迎えに来てくれているのだが、別に時間通りに来る必要もない。
一人で帰ろうと思えば帰れるのに。
そう思いながらも、アデルはクラウスの操る馬に乗せられていた。
「明日はパーティーですからあなたはホテルで好きに過ごされたらどうですか?」
朝一番にアデルはジーク男爵家へ向かいメイドたちの元で身支度をする。
ヴィムもジーク男爵家で身支度するため、そのまま三人は馬車に乗りゴート市へと向かうのだ。
「それもそうだね。でもここでの生活も慣れてきたからここで読書をして君の帰りを待つのも悪くない」
クラウスはここでの生活を想像以上に満喫していた。
「そうなの。食事だってホテルの方が良いでしょう。こんな固いパンは合わないんじゃいの?」
「パンは確かに固いな。修道院で食べたものよりも固くて驚いた。だが慣れてみると意外にワインと合うと思うし」
「修道院て何のこと?」
聞いたことのない話にアデルは首を傾げる。
「私は家出したときがあっただろう。その時行った先は領地内の修道院だった」
アデルと大喧嘩をしていた時に嫌気を刺してクラウスが家出した時のことを思い出した。
アデル自身も家出を行ったことがあるがクラウスが怒って家を飛び出すのは初めてのことだった。
——「お前が出て行かないのであれば俺が出ていく!」
確かそう言っていたのを思い出す。
どこへ家出したかまでは知らなかった。
クラウスは修道院へと転がり込んで、そこの孤児たちと一緒に食事をした。その時に固いパンと薄味のスープ、傷んだチーズをみて衝撃を覚えたようだ。
孤児たちは鉱山の事故で亡くなった炭鉱夫の子どもだったり、病で身寄りを失った子供だったり、戦争に巻き込まれて障害者になり地方を転々として流れて来た子供たちであった。
彼らは文句言わず、神様と伯爵に感謝を捧げパンを頬張っていた。
「その時思ったんだ。『アデルはこの固いパンを知っていたのではないか』と」
「私?」
「うん、アデルが白いパンを懐に放り込んでいただろう。あの時、私は卑しい行為だと思った」
「ふーん」
アデルはクラウスからの評価にため息をついた。それにクラウスは慌てた。
「待ってくれ。話は最後まで聞いてくれ」
「別に何も思っていませんよ。貴族令息からしたらそう思われるでしょう」
アデルはパンをちぎって口に放り込んだ。白いパンよりも力が必要で少し肩に力を入れる。
クラウスはアデルの様子を伺いながら続きを話した。
「修道院から帰宅して、アデルが裏門から老婆に白いパンを渡していたのを見て私は衝撃を覚えたよ。柔らかいパンを食べられるのはありがたいことで、全てがその恩恵に預かれない。そして固いパンを食べることに苦労する人間がいるとはじめて知った」
アデルは昔を思い出した。
あの時の老婆の歯はぼろぼろで固いパンを食べるのは厳しく、柔らかいパンなら食べられるだろうと思った。アデルに感謝する老婆を見ながら、ヴィムの曽祖母を思い出してしまった。
「固いパンで色んなことを学ばされたのでありがたく食べさせていただくよ」
「そう、殊勝な心掛けですね」
アデルはバツの悪そうな表情で固いパンを齧った。
——クラウスは大事に育てられた伯爵家の御曹司である。
——きっと固いパンのことなど知らない、食べたら文句言うに違いない。
アデルは心の中でせせら笑っていた。
実際は違っていた。
クラウスは思いの外いろんなことに触れて考えていた。
それなのにアデルは勝手に思い込み、勝手に決めつけた。さらに心の中で笑っていた。
社交界、伯爵家で受けていたことを無意識に自分もしてしまっていた。
(私も同じ行為をしてしまっていたわ)
アデルは心の中で反省した。




