014 ダンスレッスン
ジーク男爵家にたどり着いた後、アデルは簡単にクラウスの紹介をした。
「彼は……クラウス・ローゼンバルト伯爵です」
マーシャはアデルに教わった通りの作法でクラウスに挨拶をする。
「御機嫌よう。私はマーシャ・ジークといいます」
この数日で所作は綺麗になっており、アデルはじーんと胸が熱くなった。
「素敵なレディ。お会いできて光栄です。クラウス・ローゼンバルトと言います」
クラウスはマーシャの手の甲にキスをしてマーシャはぽんと顔を赤くした。
「素敵な方ね」
メイドたちのひそひそ声にアデルは内心複雑であった。思った以上にジーク男爵家は歓迎ムードであった。
冷静に考えれば歓迎せざるを得ないだろう。
ヴィムが前へ出てクラウスに挨拶をした。彼は大人だから問題ないだろう。アデルは楽観視していた。
「ヴィム・フォーゲルと言います。ローゼンバルト伯爵、エスコートの役目をしていただけないでしょうか」
「何を言っているの。ヴィム」
顔を赤くしてマーシャはヴィムを窘めた。アデルも驚いてしまった。
「だってそうだろう。俺よりもずっとレディ・マーシャのエスコートに向いている」
確かにクラウスがエスコートをしてくれるのであれば願ったりかなったりである。ジーク男爵も、マーシャも大喜びではないか。
「あはは、ヴィム殿は正直だな。だが、私がエスコートをすると私のレディが拗ねてしまう。残念だが光栄な役目はヴィム殿のものだ」
別に拗ねてもいないし、好きにすればいいのに。
アデルは内心ぶつぶつと零す。
挨拶は終わり、アデルはレッスンを開始した。
「それではパーティが目の前まで差し迫りました。マーシャ様とヴィムは音楽に合わせてダンスの合わせをお願いします」
辺境伯の社交界で披露されるダンス曲はいくつか確認した。
比較的難易度が低めな曲を3つ程中心に練習してもらった。
もう1つは難易度の高い曲であるが、これはマーシャにはまだ体格的に厳しくアデルがヴィムの相手をすることにした。
ヴィムがもし別の貴婦人に誘われた時の為の練習だった。
やはりヴィムは体を動かすことに関してはすぐに覚えてくれる。
「騎士見習いにはここまでする必要はないと思う」
「騎士になればもっとダンスを申し込まれるかもしれないわ」
アデルは意地悪気にヴィムへ囁いた。健康的な肉体を持ち端正な顔立ちのヴィムは騎士になれば多くの淑女の人気になることだろう。今でも町の少女たちに評判なのだ。
「ああ、でも悪い女性に引っかからないか心配だわ」
「お前よりも年上だぞ、俺は」
母親のようなことを言われてヴィムとしては不服なようである。
曲が終わると、メイドたちがケーキとお茶を用意してくれた。
「それでは少し休憩しましょう」
椅子に座ろうとしたアデルの手をクラウスが掴んだ。
休憩のはずが流れる音楽はアデルが指定していたものとは別のものである。
確かに辺境伯のパーティーで披露される曲のひとつであるが、難易度的にマーシャとヴィムには厳しいと練習に含めていなかった。
「ちょっと休憩なんですけど」
アデルはじっとクラウスを睨んだ。
「レディ・マーシャとヴィム殿は休憩してもらっていい。折角だから別のダンスをみせれば色々刺激になって良いんじゃないか?」
クラウスはアデルの手の甲にキスをしてダンスの誘いの所作をとる。
優雅な流れに翻弄されそうである。
逃げてしまいたいが、クラウスの無茶ぶりで演奏を開始した音楽家に悪い。
「これが終わったら私も休憩します」
アデルはむくっと頬を膨らませクラウスの気まぐれに付き合うことになった。この曲を踊ったのは3年ぶりのような気がする。
◆◆◆
婚約パーティーの日に踊ったのを思い出した。
あの時は頭の中に叩き込んだ要人たちの名前と役割を間違えずに挨拶することで頭いっぱいだった。
先代伯爵の期待に応えようと必死で、会話をしている途中に音楽が流れ、クラウスがアデルの手を引っ張りダンスに誘い込んだのである。
あの時のクラウスは強引だった。今のように。
久々のステップに足がついていけるか自信がなかったが、開始してみると足は思ったよりも覚えてくれていた。足が棒になるまで練習を仕込まれた成果だろう。
激しいステップにアデルはクラウスに遅れないように必死であった。
あの時もそうだった。
クラウスに遅れないように、次代の伯爵夫人として見下されないよう必死についていこうとした。
それなのに気づけばクラウスは遠くに行ってしまって必死になっている自分に虚しさを覚えるだけであった。
「すごいわ、すごい!」
マーシャはぱちぱちと拍手を送った。
「あんなステップ、私にはまだ無理だわ」
今まで教育をサボっていたのも大きいが小柄なマーシャには大人の紳士についていくのは難しいだろう。相手がサポートしてくれれば部分的に踊れるだろうが。
「レディ・マーシャもあと2年程すれば今のように踊れますよ。私はアデルと何度も練習をしたので可能だっただけです」
ちらりとクラウスはヴィムの方を見つめた。その視線にヴィムは眉を反応させすぐに評価した。
「素晴らしかったです。アデルも疲れただろう」
メイドに促されてアデルは椅子に腰をかけた。
「はぁ、久々だから足が痛い……」
「この後、試着があるけど大丈夫?」
それを聞いてアデルは頭を抱えた。だが、マーシャの付き添いとして同席しなければならない。




