013 夫の住み込み
アデルに何といえばいいのか。
手紙のことも伝えておきたかったが、色々情報が混雑していてうまくまとめられない。
今は何とかアデルに離婚を押しとどめてもらわなければならない。
ヨハンから言われた助言を思い出す。
クリスがいない今、クラウスが一番アデルのことで相談できる相手はヨハンだけであった。
——「まずは奥様に謝りましょう。旦那様にも色々考えがあったのでしょうが、新妻を2年も会わずに過ごしていたのは落ち度です」
胸に響くヨハンの言葉を何度も思い出して、クラウスは重い頭を下げた。
「すまなかった」
突然のクラウスの謝罪の言葉にアデルは唖然とした。
「一体突然、何をですか」
「2年もお前を放っておいた」
1年前の誕生日で贈り物を贈るだけで済ませてしまったのもよくはなかった。直接届けにいけばよかったのにとヨハンに言われた。
「もう過ぎたことです」
「では今すぐ屋敷へ帰るぞ」
相変わらず何故そう話が進むのだ。
アデルは呆れ果てた。
「帰る気はありません」
NOとアデルは手で拒否を示した。
「2年私の顔をみるのも嫌だったのでしょう。その気持ちは理解しております。ので謝罪する必要はありません」
「誰が誰を嫌がったというのだ」
「あなたが私をです」
「それはお前が私をだろう」
いつそういう話になったのだ。
アデルには理解ができなかった。
「お前は初めて会った時私などと結婚したくないと言っていたじゃにか」
「いつのことを話しているのです。あれは分別のつかない子供の時の話ですし、あなただって私みたいな田舎娘と一緒になるのは嫌だと言ったでしょう」
そして取っ組み合いの喧嘩になりアデルは突き飛ばされて石段に頭をぶつけて騒動になった。
先代伯爵が大慌てでアデルを抱きかかえ医者を呼んで手当を受けたのを覚えている。
「私も色々勉強して結婚することは受け入れておりました。なのに、あなたは一度も夫婦一緒に過ごすことをせず別居のまま」
「なるほど、お前は私と一緒にいるのはそこまで嫌ではなかったと言いたいのだな」
「そうですよ。なのにあなたは……」
クラウスは立ち上がり、扉を開けた。
(ようやく帰ってくれるのか)
アデルはため息をついてお茶を口に入れた。
「お前たち、私はしばらくここに滞在する。お前たちはホテルに戻りゆっくりするといい。伯爵領で何かあれば報告してくれ」
「ぶふっ」と今度はアデルがお茶を噴出した。
「な、何を考えているのです。こんなぼろ小屋に、伯爵様が」
「ぼろ小屋ではないのだろう。お前の祖父の大事な家だ」
アデルはめまいを覚えた。
「わ、私は伯爵様の面倒はみませんからね」
「構わない。私は私で好きにする。ちなみに寝室はどっちだ」
「何で一緒に寝る前提なんですか」
アデルはぽこぽこと顔を赤くした。
「夫婦だし」
「今更夫面しないでくれませんか。もうっ!」
アデルは立ち上がり、祖父の部屋の方へ入った。
「こちらの部屋を掃除しておきますので、自由にお使いください。文句は聞きつけません。文句があれば出て行ってもらいますからね!」
夜中にアデルは祖父の部屋の掃除を始めた。
はじめに帰った時ほこりはあらかた払ったと思う。
購入したばかりのシーツを使いベッドメイキングをした。
これで眠れなくはないだろう。
貴族の寝心地の良いふかふかベッドに比べれば残念であろうが知ったことではない。
◇◇◇
アデルはふらふらと起き上がり、朝の支度をはじめた。
昨日のスープの残りを温めて、今更であるがクラウスが持ってきた鶏肉を切って一緒に似てやる。これで少しは満足感がでるであろう。
貴族の口に合うかは別にして。
文句言えばすぐに叩き出してやる。
朝食の準備をしている間にクラウスは部屋から出てきた。
朝の光に浴びた金色の髪がきらきらと綺麗に輝いている。
顔立ちも非常に美しく、所作も優美である。
クラウスだと知ら化ければ大天使様が昨日我が家に泊ったのだろうかと驚くであろう。
「おはよう、アーデルハイト」
朝から良い声を聞かされてアデルははっと我に返る。
「おはようございます。ベッドは合わなかったかしら」
「いや、思ったより快適だ」
今頃はゴート市の豪華なホテルで朝を迎えられたのに、何故そう言い切れるのだろうか。
朝ごはんを入れる器が欲しくアデルはクラウスに棚から取り出すように言った。「働かざる者なんとやら」とアデルは当然のようにクラウスを手伝わせる。
「この木の器か」
「そうよ。お茶も入れるからコップも2個お願いします」
クラウスは思ったよりも素直に動いてくれる。少しでも嫌な反応をすれば追い出してやったのにと残念に感じた。
いや、まだ食事を食べていない。
さすがにお粗末なこの食事にクラウスは文句を言ってくるだろう。
固いパンはとにかく固い。
きっと柔らかいパンしかしらないクラウスは顎が痛くなってしまうことだろう。
「主よ、あなたの慈しみに感謝します。この食事をいただきます。この用意されたものを祝福し、私たちの心と体を支える糧としてください」
食事のお祈りの所作にアデルはつい見とれてしまう。
彼が祈り終えると慌ててアデルも祈りをささげた。
クラウスは意外に食事に文句を言わなかった。パンを口にしたときは少し食べるのが大変そうで、お茶を飲みながらパンを柔らかくして食べていた。
意外に何事もない朝にアデルは首を傾げた。残りの鶏肉は干し肉にしてつるしておく。
朝の身支度を一通り済ませたらアデルは昨日借りた馬に乗った。
「どこへ行くんだ」
クラウスはアデルに質問した。
「ジーク男爵家です。そこで令嬢の家庭教師をしています。もうすぐ社交界デビューだから色々練習があって……エスコートも男爵が急病で代理人の練習にも付き合わないといけないから」
クラウスの相手を1日中できるはずもない。
「あなたは小屋の中で適当に過ごしてもらっても構わないわ」
アデルが言うと、クラウスは馬の手綱を握った。
「では私もその家庭教師の手伝いに行ってみよう」
「は?」
アデルは警戒した。
「あなたの相手をする余裕はないのよ」
「今お前は言っただろう。代理のエスコートの練習もみると。男役であれば私の方が適任であろう」
確かにそうかもしれないがアデルはぶるぶると首を横に振った。
「ジーク男爵家の方が迷惑がったら中に入れませんよ」
「わかった。その時は町の見物でもしておくさ」
ギルドにも興味があるなとも呟いていた。道いく間にアデルは町の人たちの視線にさらされちくちくと針のむしろに座らされた気分であった。
町の人々の視線は主にアデルの乗る馬の手綱を引くクラウスに集中している。金髪の美しい青年に女性たちは心ときめかせていた。
「ところでクオン町は徒歩1時間なのよ」
「そうらしいな」
「そこまで歩くの?」
「山道を予想して丈夫な靴で来たから問題ない」
アデルは段々後ろめたく感じる。伯爵である彼に手綱を引かせて歩いかせてしまって。
「ごめんなさい。もうすぐ授業の時間だから早く行かなきゃ」
手綱を放してもらおう。
さっさと自分は先に行ってしまえばクラウスの姿は見なくてすむ。
「なるほど」
クラウスは納得したかのように手綱を放してくれるかと思えば軽々とアデルの後ろに座った。
「ちょっと、二人は重いでしょう」
「クオン町までの距離であれば問題ない。それともしばらくして太ったという自覚でもあるのか?」
意地悪気なクラウスの言葉にアデルは唇を噛んだ。否定したいところであるが、実はコルセットから解放されて少し食べ過ぎているという自覚がある。
「しっかりつかんでいろ」
クラウスの言葉にアデルはクラウスの胸にしがみついた。
デリカシーのない言葉への応酬で彼の胸を強めにつまんでやるがクラウスはまったくびくともしなかった。




