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アーデルハイトはお家に帰る(2026年9月26日完結予定)  作者: ariya


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012 夫の押しかけ


 家に帰ると、町の人がアデルに声をかけてきた。


「アデル。お前の家に貴族の馬車が止まっていたよ」


 アデルは明らかに嫌な表情を浮かべた。


「うげ」


 帰宅するとアデルは思わず声をあげた。

 町の人が言った通りに馬車が停車していた。


「家には誰もいないわね。馬車を停車しただけ?」

 

 アデルは周囲に誰もいないのを確認して家の鍵をかけた。


「よし、夕飯の支度をしなきゃ」


 もうお腹がぺこぺこだ。野菜スープを温めて、固いパンを取り出した。


「いただきます……はぁ」

 

 夕飯のお祈りのところで馬の足音と車輪の音が聞こえて、アデルは盛大にため息をついた。

 

「アーデルハイト!」

 

 しつこい男だ。

 

 クラウスはどんどんとアデルの家の扉を何度も叩いた。

 

「アーデルハイトはこの家にいません。山羊飼いの娘のアデルの家ですよ」


 アデルはパンをちぎって口に放り投げながら声をかけた。扉を開ける気などさらさらない。

  

「開けないのであれば、この扉がどうなっても知らんぞ」

 

 アデルはスプーンを置いて鍵を開けた。

 貴族の脅しに屈するのは腹が立つが、自分の意地で扉の修理をしなければならないのは勘弁だ。

 

「何か用です?」

「迎えに来た。帰るぞ」

 

 先ほどの会話でわからないだろうか。アデルは伯爵家に帰る予定はない。

 

「何度も言いますが私の家はここです」

「伯爵夫人がこんな家に住めるわけないだろう」

「私は伯爵夫人じゃありません」

「お前は私の妻だろう」

 

 今更聞く言葉にアデルは「はっ」と鼻で笑ってしまった。

 

「結婚して2年、一緒に過ごした時間がほとんどなくしかも初夜はただ一緒に寝ただけ……それは夫婦と言えるのでしょうか」

 

 アデルの言葉にクラウスは俯いて黙った。

 

「おかけになってください。伯爵様を立たせたままにするのは忍びないので」

 

 アデルはテーブルの上の食事を片付けて、椅子を取り出した。クラウスに腰かけるように促した。

 できればこのまま離婚してさようならとしたかった。

 

 だが、クラウスが納得できていないのであれば話しておかなければ堂々巡りにしかならない。

 

 クラウスはどんと椅子に腰をかけた。祖父の作ったお手製の木の椅子である。伯爵が腰をかけるにはあまりに安っぽい品物であろう。

 

「どうぞ」

 

 お茶を飲む習慣はないのであるが、今後の家庭教師の仕事の為に勘は忘れないようにしたいとお茶の道具を仕入れていた。あまりに簡素なティーカップ、それにゴート市で仕入れたセイロン茶を注いでクラウスに渡した。

 

「何か離婚届けに不備でもあったのでしょうか。あれで十分だったと思うのですが」

 

 これでも法律を調べて必要な証拠を紙に書いたつもりだ。

 

「私は離婚する気などない」

「先代様はもういないのです」


 アデルは一度深呼吸して現状を伝えた。


「彼の遺言通り婚姻を結び、夫婦になりました。先代様の約束は十分果たされたと思いますしそろそろクラウス様も解放されてもいいと思いますよ」


 ここまで説明したというのにクラウスは全く納得できていない様子だった。

 

「離婚して何になるというのだ」

「フォルテ子爵令嬢と結婚できるじゃないですか」

「ぶふっ!」

 

 アデルの言葉にクラウスは茶を噴出した。

 

「汚いですよ」


 アデルはクラウスに手ぬぐいを渡す。

 

「失礼。何を言い出すと思えば、何故マリアのことを今言うのだ」

「ああ、マリア様と仰いますのね。伯爵領のルビーもロゼ=マリアと呼ばれていますし、まさに伯爵夫人に相応しい名前ですねぇ」

 

 血筋も、家柄も十分だとアデルは両手を合わせた。

 

「お前は何を勘違いしているんだ。私はマリアのことをそうは見ていない」

「エスコートをされたと聞いています。それも国王夫妻の前で挨拶したとか」

「あれは彼女のデビューなのだから国王夫妻への挨拶もするだろう。お前だってデビューの時は私と一緒にしたであろう」

 

 確かにした。

 

 先代が存命の頃にアデル14歳の頃にクラウスのエスコートでデビュー参加を果たした。クラウスに手を握られて国王夫妻に挨拶してとても緊張したな。

 

「そうですか。でも私たちが夫婦で社交界に参加せず、その上であなたが他家の令嬢のエスコートを務めたら世間はどう見るでしょうか」

「誰が何といおうとマリアは親から頼まれて兄のつもりで参加したに過ぎない。そもそもお前が……っ、いや何でもない」

 

 クラウスはふぅっと深呼吸をして言いかけていた内容を押しとどめた。

 

 うっかりクラウスはアデルに対して「エスコートの依頼を何故しなかった」と言いかけてしまった。

 

 アデルからすれば何度も手紙に書いていた。クラウスに届いていないと知らないアデルはますます腹を立て、二人の会話が成立しなくなることだろう。


 ◆◆◆


 これはアデルの知らないことであるが、アデルの手紙の行方について1か月前に判明した。

 

 クラウスが命じて、伯爵家騎士らに全使用人の部屋を隈なく捜索させた。アデルの手紙は一人のメイドの部屋に発見された。

 

 あまりに高級で綺麗な紙で、処分できなかったそうだ。

 メイドが今までアデルの手紙を盗みクラウスの元へ届かないように仕向けていた。


——「何故このようなことをしたのか?」


 クラウスが尋ねてもメイドは応えようとしない。ここで時間をかけても無駄だと後ヨハンに任せた。

 

 クラウスは手紙を全て回収し、全ての仕事の引継ぎをヨハンに委ねてアルフォス山脈へと出かけた。


 汽車に乗る前、ヨハンから聞いたメイドへの罰は「鞭打ち100回、左の第4指の切断」であった。


 これで嫁にも出られず行く宛てもない。

 女にとっては死刑と同じくらいの苦しみであろう。

 メイドの動機がはっきりするまでは拘束は続けてもらっている。

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