18.42.殺してはならぬ敵
今ナテガの正体が全てわかった。
あの目を見て確信したのだ。
ナテガは……神に憑りついている何かなのだと。
あの腕と脚はなんだ。
元の神……この世界本来の神に憑りつき、変異した姿。
双眸は真っ黒に塗りつぶされているが、私が初めて見た時は青い眼球に黒い瞳だったはず。
しかしその下には綺麗な生きている目玉があった。
この世界の元々の神は今も尚生きており、ナテガにいいように使われている。
これつまり今ナテガを殺せば憑依している本来の神様も殺してしまうという事。
神はまだ、生きている。
それが分かるのは早瀬の話だ。
ナテガがこの世界に二人を落とした時、驚いた様子をしていたと言っていた。
第三者が二人を人間のいる地に落としてくれたのだ。
その第三者こそが……辛うじて意識を取り戻したこの世界本来の神。
だからだ。
異形の神であるはずなのに、異形らしい異術を使っていない。
憑依しているのは別次元の神か何かなのだろうが、そこまでは分からなかった。
なんにせよ違和感の正体はこれである、と今自信を持って言える。
ナテガは殺してはいけない。
いや、正確にはナテガと一緒にこの世界本来の神を殺してはいけない。
だがこれを実現するのは今の段階だと不可能だ。
その術が一向に見つからないのだから。
しかし唯一の救いは、ナテガは決して強い存在ではないという事。
憑依して神の力を借りているだけにすぎず、令月があんなことをしなくても攻撃は問題なく通ったかもしれない。
だが帰路を塞ぐ判断は令月にしかできなかったことだ。
こうしてナテガを追い詰めているのは間違いなくこの判断のおかげだった。
「どうする……くそ……!」
「旅籠様! 如何されたのですか!? なぜ攻撃を止めたのです!?」
月芽が継ぎ接ぎを繋げて現状を確認してきた。
彼女も今の旅籠の動きを見て戦いは終わると確信していたのだ。
だが、旅籠の行動はそれを裏切った。
こうして聞いてくるのは至極当然だろう。
攻撃を止めた理由を丁寧に説明する。
「私の中の魂に止められた。最悪な事態だ……。ナテガはこの世界本来の神に寄生している何かだ。今のナテガを殺せば、この世界本来の神も死んでしまう」
「……え? えっ倒せないってことですか!?」
「今はな……!」
何か、何か策を考えろ……!
必ず勝ち筋があるはずなのだ。
だが神に憑りついている存在の剥がし方など知っているわけがない!
魔蛇が居れば話は変わってきたのかもしれないが……。
いや、神に最も近い存在はいる。
「月芽! 主魂に繋げてくれ! ってか一回全員集めてくれ!」
「わ、分かりました!」
月芽はすぐさま継ぎ接ぎを伸ばして全員を集めた。
まだナテガは気絶しているようなので、この間に情報を共有して打開策を考えたい。
全員が集まったところで旅籠は気づいたことを全て丁寧に説明した。
ナテガはこの世界本来の神に憑りついている存在である、と。
これに気づいた理由は一瞬だけ見えた光の宿った眼。
たったこれだけの情報だったが、ナテガが憑りついている存在だと決定づけるには十分だった。
早瀬から聞いた話を鑑みて説明をすれば辻褄は合う。
もちろん介入してきた存在が別にいる可能性もあるが、そこまで考えると話が進まないので仮定としてこれを通す。
「……瞳が見えて、すぐに塗りつぶされた。ナテガがこの世の存在ではなく、別の世の存在だとすればあの妙な異術にも説明はつきますな。所持する異術は多いと仮定しておりましたが、対峙してみれば『空』の入る文字の攻撃しかしませぬ」
「塗りつぶされたってのは重要かもしれないな! 赤雪も憑依された時は体が随分変化した! こっちは旅籠様の意見、賛同しまっせ!」
「ジャララ……」
今更だが木夢は布伝が話せるようになったことが凄く羨ましいようで、時折ジッ……と彼を見ていた。
「守の御力はあんまり効果がなかったわ。別次元の存在だから効果がないのかも? もしそうだったら旅籠さんの見解は正しいわ」
「てことはやっぱ旅籠の言う通りなのか……? そう仮定するほど辻褄が合っていくんだもんな……」
『もしそうなら、早瀬殿の攻撃は本来の神すら斬ったわけとなる』
「んげっ!?」
「不可抗力だよ不可抗力。本当の神様も分かってくれるって。ナテガにも直接なダメージが入ってたみたいだしね。とはいえ、憑依したまま殺す事は出来ない」
そうすればこの世界本来の神も死に至る可能性が高かった。
この空間の存続も怪しくなるため、あのまま倒すことはリスクが高い。
「てことで主魂! なんかない!? 剥がす方法!」
『むう……』
「お前の異術って時喰らいだったよな? それで巻き戻せないの!?」
『我の異術は時を進める事のみ。戻すのは令月だった』
「まじかぁ~!」
流石にそう都合よくはいかなかった。
なんとか憑依を引き剝がす方法を確立させたいのだが、その手掛かりが一切ない。
こうしている間にもナテガは回復しているかもしれないので一刻を争うのだが……。
ふと、不安そうに月芽が声をかけてきた。
「……旅籠様。大丈夫なのですか? あの時より長くその状態ですが……」
「ああ、そういえばそうか。でも大丈夫。まだあんまり動いてないから! 中に居る魂たちもそう言ってる」
あの時は山本と激闘を繰り広げていたので、消耗も激しかったのだ。
今回は前回と比べればまだまだ全然動いていなかった。
なので体への負担はほとんどない。
「無理すんなよ旅籠」
「そうですぞ旅籠様。魔蛇様の治癒魂があったとて無茶はいけませぬぞ」
「そのためにお前たちがいるんだろ。頼むぞ」
「そう言われちゃあ頑張るしかないなあ! なあ案山子夜ぁ~!」
「……布伝。お主がそのような性格だったとは思わなんだぞ……」
それは本当にそう。
快活な奴は普通に好きだからいいけどね!
「……………………なんで憑りつかれたんだ?」
「「え?」」
「……確かに、分かりませんな」
「過程……。皆さん! 想像で構いません! ナテガがこの世の本来の神に憑りついた過程を考えてみては!」
ズダンッ……!
ナテガがいる方向から畳を叩いた音が聞こえた。
全員がそちらを振り向いてみれば、案の定気絶から復帰して起き上がっている。
少しよろめいているが、すぐに立て直してこちらを睨む。
すぐさま空砲を撃ち込んできたが、木夢と無形のコンビがこれを切り裂いて全員を守った。
何連発も入れてくるがそれを全て斬り飛ばした。
「旅籠様! こっちは奴を止めます! その間に奴の倒し方をまとめてください!」
「ここはわても行きますぞ。月芽。わての近くに継ぎ接ぎを置いてくれませぬかな?」
「……あっ! 継ぎ接ぎで森と繋げておくのですね!」
「任せましたぞ!」
『我も参ろう。そちらは任せた!』
「ジャララッ!!」
今回の戦いは時間を稼ぐ戦いだ。
案山子夜、布伝、木夢、無形、主魂はすぐさま飛び出してナテガの攻撃から旅籠たちを守る。
木夢と無形が空砲を全て切り裂いて防いでいる間に、ようやく本領を発揮した案山子夜が速攻で接近して腕を蹴り飛ばした。
これに合わせるため、主魂が朧気の一矢で攻撃をしたが今回は躱されてしまう。
どうやら相当警戒されているようで、ナテガは常に主魂を視界に入れるような動きをしていた。
防戦一方に見えたナテガだったが、布伝が接近してきたと同時に大きく息を吸う。
接近すべきではないと判断して予め遠くに固定していた布を引っ張って急停止した瞬間、目の前に見えない何かが落ちてきたようで床の畳がひしゃげた。
『空圧……!』
「ひょー!」
『放!』
「んべっ──」
威力はそこまでではないが、布伝は膨張してきた見えない空気に押されて吹き飛んだ。
すぐさま体勢を立て直し前を向いたが、今度は案山子夜が同じ攻撃を受けていた。
あの見えない攻撃というのは厄介だ。
『無事か布伝』
「痛くはねえ! だが厄介だなぁ……!」
『奴の技が多彩になり始めた。以後気を付けよ』
「頼むぜ旅籠様~! 早くなんか気づいてくれ! じゃねえとこっち持たねえからなっ!」
バッと構えて主魂と共に突っ走った。
その間、旅籠たちは懸命に経緯を考えていた。
月芽は案山子夜のサポートでこれに参加できなかったが、一応聞き耳は立てている。
前線の仲間が戦っている間、三人は過程を考え続けて意見を出し続けていた。
「ナテガがここに来た方法は『時空』で間違いないだろう。でもあんな強い能力を連発して使ってないってことは制限がある」
「最後の方は今関係ないわ。来た方法が時空なら憑りついたのは何になる?」
「空から始まる憑りつく言葉……?」
「憑りつくとは違うけど空閑地とか?」
「なにそれ」
「建物や作物がない更地の事。何も利用されてない土地ってことね」
「それがこの世界本来の神に使われた感じ? んで乗っ取ったと」
「ちょっと仮説が過ぎるな。もう少し納得できそうな仮説が欲しい。まずそんな技使われて相手が黙っているとは思えないし」
「時空を超えてきたって事だったら神様もすぐに反応してるはずよね。ということは抵抗出来たはず」
「こっちにいたのは本当の異形の神様だ。あんなナテガに負けるはずがない」
「でも憑りつくような言葉なんてないぞ?」
「むしろナテガの肉体として能力はそれなのかも」
「どゆこと?」
「奴は神に寄生するタイプの存在でしょ? 魔生良みたいな感じだ。異形鬼に憑りついて異形鬼の力を得る。みたいな?」
「待って、話がずれて来てるわ。この際どう憑りついたかは気にしないでいい。今考えるべきは憑りつくまでに何が必要だったかよ」
ここで二人は口を閉じる。
頭の中に溜まっていたことを口に出したことである程度思考がまとまった。
「隙を突かれた?」
「この空間に入ってきたことは流石に分かるだろ。だから不意を突かれたっていう線はない」
「ほかにも仲間がいたとか……どう?」
「だったら占領した世界に居ないのはおかしい」
二人の意見に旅籠は首を横に振る。
すると旅籠と雪野はすぐに新しい仮説に辿り着く。
「「弱っていた」」
「なんで?」
「神、つまり創造主。この世界を作るのに相当力を使ったとか? できたばかりの世界を、ナテガは奪ったってのはどうかしら」
「……こういう世界がある事を私たちは理解した。他にもいろんな世界があってもおかしくない。いろんな神様が居てもおかしくはない。この世界の神様が変な存在に憑りつかれたってのに介入してこなかった」
「できたばかりの世界だから気付けなかったとか?」
「そう。つまりこの世界ができた瞬間にナテガは憑りついたってこと」
「無理くり繋げたけど、一応辻褄は合うわね」
……そうか。
「……分かった」
ナテガの実力的に力技で神という強大な存在を乗っ取ることは難しい。
だからそのタイミングを虎視眈々と狙っていた。
先ほどの話は仮説なので正しくはないだろうが、この中でも間違っていないはずの仮説は存在している。
「弱っていたんだ。今も、弱ってるんだ」
憑りついた今、ナテガは本来の神の肉体をどうしようが勝手なわけだ。
力を吸い続けて抵抗させないようにしている。
と、いうことはだ。
「治癒魂を使ってこの世界本来の神の力を回復させる。これが勝利条件!!!!」




