18.43.治癒魂
「ナテガを回復させるぅううううう!!?」
「うん!! 捉え方によってはそう!!!!」
やろうとしていることはナテガが憑りついているこの世界本来の神を回復させることだが、傍目から見ればそう感じてしまうのは無理もないだろう。
とはいえ実際どうなるかはわからない。
ナテガの体力も回復されてしまう可能性はもちろんあった。
だが本来の神が回復さえしてしまえば、ナテガの憑依は簡単に引き剥がせるはずだ。
次の問題は治癒魂をどこに使うか。
治癒魂は所持していると自動的に使ってくれるという代物だ。
つまりナテガにこれを所持してもらわなければならない。
奴が簡単にこれを持つわけもないので、別の方法が必要だった。
「ちょっと待って旅籠さん。貴方は大丈夫なの? それって魔蛇さんが旅籠さんのために作ってくれたものだよね? その状態が途切れたら……」
「あれ、雪野は知らないのか。前は魔蛇さんじゃなくて主魂に治してもらったんだよ。あいつは回復する術が苦手で使うと戦えなくなるんだけど……。これが成功すれば問題ない」
確かに以前は主魂が治療してくれたことを雪野は思い出す。
今回は主魂にも戦ってほしかったので回復の役目を任せなかっただけなのだ。
それなら大丈夫か、と雪野は小さく頷いて今回の作戦に同意した。
「じゃあどうやってそれを持たせる?」
「確実なのは口の中に放り込んで無理やり飲ませる。てかそれしかない」
簡単に口の中にも放り込めないだろうが、確実に所持させるにはこれしかないだろう。
チャンスは一度切り。
まさかまさかの大博打ではあるが、可能性は高い。
もしこれで意味がなければ万策は尽きる。
あとは力技でナテガを仕留め、恐らく崩壊するであろうこの空間からの脱出を試みる。
「よっしゃ、私がナテガに治癒魂を放り込む! 早瀬、雪野さんはサポート頼むぞ!」
「「了解!」」
「月芽!」
「今全員にこの話を共有しました! 旅籠様と早瀬殿を移動させますね!」
「「頼んだ!」」
継ぎ接ぎが足元で開いて落下する。
すぐに違う場所に出てきて戦闘に参加しようとした瞬間、木夢が吹き飛んできた。
これを二人で何とか受け止める。
「「おおおおおおっとおお!!?」」
「ジャララジッ……!」
「だ、大丈夫か木夢! 無形も無事だな!」
「ジャジャラッ!」
体を振るって体勢を立て直す。
木夢が飛んできた方向を見てみれば、案山子夜と布伝がナテガと戦っていた。
そのナテガは腕に武器を生やして振り回しているらしく、その中にはいくつかの鋭利な鎖も繋がっている。
不規則に動く鎖を回避したり防ぎながら二人は何とか耐えていた。
主魂は腕を押さえており、片膝を突いている。
どうやら負傷してしまったらしく肘から先がなくなっていた。
回復しないのは月芽から今回の作戦を聞いたからだろう。
旅籠のために回復能力を温存しているのだ。
「こりゃさっさと倒して主魂を魔蛇さんに治療してもらわないといけねえな!」
「そのようだ!」
「早瀬は木夢に乗れ! 頼むぞ木夢、無形!」
「よっしゃ!」
「ジャジャッ!」
機動力で劣る早瀬は木夢に載せ、無形に体を固定してもらって更に防御面でも活躍してもらう。
これで全員と同等な動きを実現できるだろう。
まずはあの二人を休ませなければ。
暴れまわる鎖を完全に見切って突っ走れば、すぐさまナテガの眼前へと到着する。
『はっ!?』
「仕切り直しだ!」
ゴッ……ギリッ!
鈍い音が鳴ってその感触が拳に伝わる。
首の骨が外れたらしく、頭が変な方向に曲がりながら吹き飛んだ。
広がっていた鎖が収縮して来るがその合間を縫って回避し、全員と合流する。
「ぜぇー……ぜぇ……。た、助かりました旅籠様……!」
「ふぅ……。流石に骨が折れますな……」
「やることは全員分かってんな? 無形、布伝は拘束担当だ。主魂は下がれ! 案山子夜、まだいけるな?」
「無論。この場で気張らずどうしますかな? 月芽のおかげでまだやれますぞ」
「よし! 早瀬は木夢と無形を守れ!」
「任せろ!」
各々やることが決まった瞬間、ナテガへと向かって突っ走る。
まず最初に到着したのはやはり旅籠だった。
今回はナテガに口を開かせ続ける必要がある。
それができるのは布伝と無形だけだろう。
そこまで何とか持って行く!
迫ってきた腕を裏拳で軽く弾く。
それにはナテガの体を半回転させるほどの威力があった。
『くっ……!』
持ち上げようとしたその腕を、案山子夜が突き刺して地面に縫い付ける。
体制が妙な位置で固定されて動きが鈍った。
そこに木夢がやってくる。
ナテガの頭上すれすれを通って頭部を軽く蹴り飛ばし、その間に無形が腕を何本も出して拘束を試みた。
腕や脚を巻きつけて掴もうとしたのだが、ナテガがこちらに顔を向けていることに気づいて早瀬が動く。
まずは木夢から飛び降りて刀を両手でしっかり持った。
口から異空刀を勢いよく射出したのだ。
これを早瀬の刀が防ぎ、木夢は距離を取ることに成功した。
そのまま一気にナテガ前方へと走って踏ん張りを利かせさせる。
「布伝!!」
「承知ぃ!!」
最後に布伝がナテガの顔を捕まえた。
頭を思い切り引っ張って力を籠め続け、なんとかナテガの顔を上へと向けさせる。
早瀬もすぐに納刀して布伝の布を掴んで共に引っ張った。
前後から強い力で引っ張られたことにより、ナテガはのけ反ったような体勢となる。
『んぐぁ……!? な……!?』
「オラ口開けろぉ!!」
間髪入れずに旅籠がナテガの顎を下向きに殴り、無理やり口を開けさせる。
口を閉じられなくなったその瞬間、片手に忍ばせていた治癒魂を無理くり口の中に押し込んだ。
「閉じろ!!」
今度は顎を下から殴ってアッパーを繰り出し、口を閉じさせた。
その瞬間布伝が気を利かせて顔をぐるぐる巻きにして完全に固定する。
無形も拘束をやめてとにかく口を開けさせないように、布伝の布の上から更に重ね掛けで固定した。
ゴグッ。
目の前でナテガが治癒魂を飲んだことを確認した。
治癒魂は自動的に使用される。
もしこの世界本来の神に治癒が必要だった場合、この勝負私たちの勝ちだろう。
パキンッ。
ナテガの腹の中でガラスの砕ける音がした。
咄嗟に距離を取った旅籠はその成り行きを見守る。
他の者たちも懸命に拘束を続けているが、その音を聞いて若干力を緩めた。
これから何が起こるのかは誰も想像できない。
すぐに行動できるよう警戒心を高めて慎重に成り行きを見守った。
『ヴォ』
ナテガの肥大化した片腕にひびが入る。
深い溝が出来てすぐさま崩壊してしまったのだが、そこからは血色の良い綺麗な腕が出てきた。
あれは子供の腕だろうか。
それは暫く動かずにいたが、急に胸へと手を差し込んだ。
『ゴボッ』
『ヤアアアアアアッテクレタナァアアアオイイイイイ……』
ナテガとは違う幼い声が聞こえた。
胸に突き刺さった腕は何かをがっちりと掴んだようで、外に引っ張りだそうと懸命に力を込めている。
拳が次第に胸の外へと出ていくと同時に、掴んでいる物が姿を現した。
それは粘着性のある液体の様だったが、そこにはいくつかの目玉が付いていた。
ベリベリと音を立てながら引き剥がされており、粘液性の液体は剥がされまいと懸命に体内へ戻ろう戻ろうともがいているようだ。
その間に彼の体に変化が現れる。
片腕にも大きな罅が入って亀裂となり、それがボロボロと崩れて本来の姿を取り戻していく。
枝の様に細かった足もいつの間にかちゃんとした人の脚になったらしく、靄のかかっていた目玉も生気のある光が宿り始めた。
「! 全員拘束を解いて下がれ! 月芽え!!」
「はいっ!!」
旅籠の合図で全員が拘束を解いた。
そして危険域から脱出するように月芽が回収し、全員を同じ場所へと集める。
この間にも肉体から粘着性の液体が引き剥がされていった。
『嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 折角ここまで来たのに! 折角乗っ取れたのに!! 折角世界を手に入れたのに!!!!』
ナテガの悲痛な叫びがこの空間に響き渡る。
それを無視するかの如く、この世界本来の神と思われる存在はニィと歯を見せて笑った。
『ィハハハハハ!! 感謝するぞ異形の民よ! 我が子たちよ!! 感謝するぞ異界の者よ! 異形の主よ!! よくぞ見破った! よくぞ救ってくれた! 後は任せよ! 全て終わらせてやろう!!!!』
『嫌だああああああああああ!!!!』
最後の一本となった粘着性の液体が遂に肉体から引き剥がされた。
その瞬間、神の服装が変わった。
白と黒色の固い着物で、羽織っている三枚ほどの羽織は肩から外して腕に掛けている。
主魂の服装に近いのだが顔は隠していない。
その代わり数珠や勾玉といった装飾品を多く身に着けていた。
姿は幼い。
だが口調は荒々しく姿と性格が全く合致していない。
いや、それでこそ神なのかもしれない。
『イヤアアアアアア!!!!』
『後始末はあとでしよう! まずは貴様を滅す!』
『アアアアアア!!』
ナテガ本体は粘質性の液体。
それが急に広がって鋭利な武器を幾つも作って攻撃を仕掛けてきたが、これは絶対に当たらないだろうという安全な場所で静止した。
これ以上進めない。
どうしても近づけないことに気づいてナテガは目を見張る。
『ィハハハハ! 万全の私が貴様如き寄生紳に遅れを取るとでも!? 私は異形の神ぞ!?』
『ぬぁああああああ!』
『冥途の土産という奴だ! 私の最も得意な異神術で葬ってやろう!!』
中指で弾いただけで肥大化したナテガを簡単に吹き飛ばす。
ある程度離れたところで手を向けた。
『異神術・■■■■』
『エ゛』
パキンッと音を立てながらナテガは立方体に閉じ込められた。
するとそれは半分になり、ナテガの半分も消し飛ばされる。
半分、半分、更に半分となってナテガの体がどんどん小さくなっていき、最後には見えなくなってしまった。
空間を畳んでいる、と旅籠は思った。
あっという間に終わってしまった異神術だったが、明らかに他に類を見ないものだと分かる。
ナテガが使っていた技がかすむ程度には。
パンパン、と手を払って拳を腰に置く。
胸を張って満足そうに息を吐いた後、こちらへと視線を向けた。
『どうだ? 異形の神だとこれで信じられたかな?』
ィハハハと盛大に笑う神に、私たち全員は小さく頷いたのだった。




