18.38.ロウッ
観音扉は今も尚開いており閉じる気配がまるでない。
上空約百メートル地点の場所に存在し続けているが、異形たちの力を使えば到達することは難しくないだろう。
とはいえ……あの先がどうなっているのかなど誰も知らないだろう。
なんならナテガのテリトリーだ。
そんな場所に行くとなればどれだけ準備をしたって足りないかもしれない。
だが旅籠の中であの場所に行かないという選択肢はなかった。
「旅籠様。お待たせしました。これを」
「ありがとう魔蛇さん」
魔蛇が練り続けていた治癒魂が完成したらしい。
小さな白い鱗が淡く光っている。
どうやら所持しているだけで自動的に発動されるようだ。
これを受け取って絶対に落とさないように巾着で包み、懐の奥底へと仕舞いこんだ。
「旅籠様、それ……」
「ん? ああ、これ? 皆から貰った物だからな」
今しがた魔蛇の治癒魂を仕舞いった巾着は、過去に異形たちみんなが少ない布をかき集めて何とか拵えてくれた物だ。
大切に保管していてもよかったのだが……やはり使ってあげたかった。
月芽や布伝、案山子夜たちはそれを見て懐かしい気持ちとなる。
あの時は旅籠と別れの言葉を交わした時だったか。
作ってあげた本人たちはすっかり頭から抜けていたが、旅籠は今も尚大切にしてくれていたようだ。
「……フフ。では旅籠様。如何しますかな?」
「あそこの扉の中に入りたい。木夢。頼める?」
「カコロロコロ!」
木夢は体を大きくし、脚を特に肥大化させて跳躍力を飛躍的に向上させた。
「布伝、無形! 共に乗る者たちを固定してくれ!」
「合点!」
「──!」
待ってましたと言わんばかりに二人は木夢の体に乗り込み、布伝は布で、無形は無数の黒い手を伸ばした。
彼らが居れば木夢の跳躍にも耐えられるだろう。
あとはあの場所へ向かう者たちの選別だ。
全員が向かってもいいのだが……少し理由があってここは少数精鋭で向かいたい。
ナテガに攻撃は通るようになっているはずなのだ。
旅籠が人選をしようとしたとき、天千が待ったをかけた。
「お待ちくだされ、旅籠殿」
「なんだい?」
「懸念点がございます」
「私も何個か懸念すべき点があると思うわ」
天千に乗っかるように雪野も口を開く。
「旅籠さん。今から行くのはナテガの領域よね? 妖怪とか、そういうのに詳しいあなたなら次の展開も予想してるわよね?」
「……一応ね」
無論分かっているつもりだ。
今からやろうとしていることは“神殺し”。
その神が作っているであろう空間に向かい、神を殺すとなればその後どうなるかは予想しやすい。
空間の崩壊だ。
あの空間は私たちがいた元の世界とも繋がっているはず。
もしかしたらその空間が世界の行き来を可能としており、崩壊させてしまえば帰れなくなる可能性もある。
正直、どうなるかさっぱりわからないというのが本音だった。
「死ぬ可能性は高い。世界の狭間に落ちたらどうなるかなんてわかったもんじゃねえ。どっちかの世界に引っ張られる可能性もある。そうなった場合、絶対元の世界には帰れない」
リスクだらけの大博打だ。
だがそれでもナテガだけは放っておけない。
もし自分たちがここで負けてしまったら、ここで引いてしまったらナテガは他のやり方で世界を奪おうとしてくるはずだ。
奴が存在し続ける限り渡り者は増え続ける。
私で最後にしてやると、あの時誓ったのだ。
「リスクしかない突撃だ。だがそのリスクはナテガを倒した後の話。戦い抜いた後、死ぬかもしれない。それでも私に付いてくる奴はいるか?」
『『ロウッ!!』』
「……ハハ、流石私の異形たち」
彼らは返事に迷いがなかった。
示し合わせていてかのように口にした『ロウ』という掛け声。
そうだ、あともう少しだ。
あと少しで私たちは神を討ち取れる。
「ほんとに貴方たちは……。無謀って言葉を知らないの……?」
「それを打ち破ったのは旅籠様ですからな。何を今更」
「案山子夜の言う通りね。さぁ旅籠様。私たちは貴方に付き従う準備は出来ておりますよ」
『良き仲間だ。誇れ主殿。我が見てきた異形人の誰よりも、異形に好かれておるぞ』
「お世辞でもうれしいよ」
お世辞ではなかったのだが、謙虚な男だと主魂は小さく笑った。
「止める必要はなさそうですね。私たち継矢異形軍はこの場にてナテガの異形を食い止めます。折り入って頼みがあるのですが、弓の異形をこちらに残していただけませんでしょうか」
「私!?」
「由海を? どうして?」
「これより先、ナテガがどう動くか見当が付きません。手に入らぬくらいなら破壊しようと試みるやもしれぬのです。その時、必ずナテガの異形がどこぞより出でる」
「継矢異形軍は索敵に特化した異形がいないのか」
「左様にございます」
異骨のような異形が前触れもなく出現する可能性がある、ということらしい。
これに対し即座に気づけるよう由海を貸してほしいという事か。
「すまない由海。頼めるか?」
「勿論。蟻より小さい異形だろうと見逃しません」
「心強いね。じゃああとは……」
旅籠は雪野と早瀬を見る。
二人とも答えは既に決まっているようで、目を合わせただけで小さく頷いた。
「よし。決まった! 無形! 布伝! 私と早瀬、雪野さん! 月芽と案山子夜、主魂を木夢に乗せてくれ!」
「承知ー!!」
「魔蛇さん、由海。こっちは頼んだ」
「ええ。他の奴らも引っ張り出してこき使いますのでご安心を。ほらそこの空蜘蛛兄弟にニバニバ! タマエキも何してんの隠れてんじゃないわよ!!」
「「ひょえ」」
「ニィー……」
『『僕の仕事は終わったよぉ……。もう無力だよ? 戦力外だよぉ……』』
由海がパンパンと手を叩きながら彼らをこき使いに移動した。
そんな様子を見ながら布伝と無形は決められた人員を木夢の背中へと乗せていく。
全員が座り、がっちりと体を固定された。
これで準備は整った。
「木夢。突入する時に何が起きるか分からない。十分注意して向かってくれ」
「ガゴゴコ」
「空中で移動はできる?」
「ゴロゴロ!」
「よっしゃいい子だ流石木夢!」
木夢の頭をペしぺしと叩いて褒めていると、横から布伝の布がやってくる。
何かを撒きつけているようだが、目の前に来るとそれが綺麗にほどけた。
「キュラ!」
「こいつは……」
「怒泥からの言伝です! 役に立つから持って行けと! こっちはいらねえって言ったんですがね!」
「こいつの異術は?」
「空間を喰らいます! 見境がないようなので注意ですよ!」
「食べる対象を選択はできないってことね。てことは投げるしかないか。まぁいい! わかった!」
薄玉を懐に仕舞い、今度こそ準備を完了させた。
一度後ろを振り返ると全員が木夢にしがみついており、いつでも出発できるようにしてくれている。
であれば……向かおう。
「頼んだ木夢!!」
「ガゴロゴロ!!」
ぐぐぐぐ……と体を縮めるように力を籠め、狙いを定めた。
向かうのはもちろん上空約百メートル地点にある観音扉。
木夢は飛行できるように木製の翼を広げ、風を捉える準備をしたのち……凄まじい勢いで跳躍した。




