18.37.疑問の正体
何か変だと思ったのだ。
異形だと思えばそれが普通、と思ってしまいがちなのだが彼らにも生きている血が流れている。
流石にガッツリ異形の姿だとなかったりもするのだが、ある程度人の形を成している……肉が付いている異形には血が必ず流れているのだ。
ナテガの血液は黒い粘液かと思っていた。
だが攻撃目的でまき散らされるそれは果たして血なのか?
あれ自体が異術だとしたならば……!
「あいつ……本体じゃねえ!」
「なんっ……!? し、しかしこっちは確実に手ごたえを……」
「分身だよ分身! いや違うわ! 変身って言った方がいいかもしれん! 本体は本体でもあれは“異骨の本体”だ! だから手応えがあったんだよ!」
「では本体はどこに……」
『ォォォオオオオオオオ!!!!』
ナテガ……ではなく遺骨の本体が本性を現した。
顔面に罅が入ったと思ったら大きく裂け、六つの顎を持つ怪物の姿となったのだ。
化けの皮が剥がれるとはまさにこのこと。
こちらへ直進してきている間に腕も体も変身が解けたらしく、頭部や手、足は大きいのにそこに至るまでの首や腕、脚は糸のように細い。
まるで空中に頭や手が浮いているようだった。
そして体中から滴り落ちる粘液は収縮性能を有しているらしく、地面にぽたりと落ちた瞬間半径十センチ程度の地面が固められる。
この存在の接近に一行は身構えた。
魔蛇の治癒魂はもちろん、磯丸の異術もまだ準備が整っていない。
あとほんの少し時間があればどちらも使えるようにはなるのだが……それよりも異骨本体が己らを飲み込む方が早いだろう。
「すまん魔蛇さん!」
「っ!? お待ちくだされ旅籠様!」
魔蛇の言いたいことはわかる。
あれがナテガの本体ではないと分かった以上、旅籠の力を使うわけにはいかないのだ。
この力はナテガにぶつけるべきもの。
数名を守るために使っていいものではない。
白い煙がゆっくりと立ち上がる。
幾らかの魂たちも『今使うべきではない!』と叫んでいるが、死ぬよかマシだ。
出し惜しみして勝てるとは思っていないのだから!
『オ゜ッ!!?』
力を最大限に引き出そうとした瞬間、異骨の本体が何かに弾かれるようにして傾いた。
一拍置いてすさまじい破裂音が響く。
これは……音速を越えた攻撃だった。
このような攻撃を繰り出すことができる異形を旅籠は知らない。
つまりこれは……。
「全く……遅いんですよ、常治様は……」
常治配下の異形の攻撃だ。
シャリシャリと音を立て、ある程度人の姿を保っている異形。
手と思わしき個所では大きな鏡を一枚用意しており、そこには異骨の本体が映し出されていた。
唯一妙なところは、鏡の中に居る異骨の頭にひびが入っていることだろうか。
「あいつは……天千……!」
「ああ、どうも。戻ってきました」
そう言いながら鏡を割る。
罅が入ったのは異骨本体の腕であり、これまた弾けるようにして吹き飛んだ。
一泊した後に破裂音が鳴る。
「異術・御鏡大蛇」
パキキキ、と再び異骨本体が映し出されている鏡を割った。
三連続で頭部が弾けて遂に地面へと倒れこんだ。
だが手と足は未だに浮いており、それぞれに自我があるという事が分かる。
天千は手足も全てパキキと割って何十連打という行かれた攻撃を片手のみで完結させてしまった。
異術・御鏡大蛇。
対象の姿を鏡の中に写し取り、鏡にダメージを与えると罅の大きさに比例して強い打撃が繰り出される異術。
この異術は相手を選択することができるのだが、その選択方法は天千の体の鏡に映る対象である。
異骨本体を吹き飛ばしたところで天千は手を払う。
カシャカシャシャと音を立てながらこちらに近づいてくる。
「どうやら、あれは異神ではないようですね」
「そのようだな! んで誰だ貴様!」
「天千です。以後お見知りおきを」
「布伝だ! お前切れそうだから近づかないでくれるか……?」
「布から人と成った異形ですか。ではそうしましょう」
天千は布伝から少し距離を取り、こちらを向いた。
どうやら話があるのは旅籠らしい。
「旅籠殿。常治様の命により助太刀いたします」
「ありがとう。じゃあ一つ聞きたいんだが、お前たちは異神にどうやって対抗しようと思ってたんだ? 打算はあるんだよな?」
「無論です」
天千は頷き、鏡を一枚見せてきた。
そこには令月の姿がある。
「彼女は巻物の異形、令月。歴史・記憶を改竄する異術を持ちます。この異術を異神に使えば、たとえ神であっても我らの技が通用するようになるのです。そこからは力技になります」
「じゃが異術を付与したのは異骨本体じゃぞ?」
「令月は異神の姿を見ることが重要でした。あれが本体ではないにしろ、異神に異術は通じております。令月の異術は個体ではなく“存在”に有効なのです」
「つまり?」
「姿を偽っている者ではなく、その姿の存在に異術を発揮できるのです。弱点とも言いますが」
なるほど、と旅籠は納得する。
弱点というのは変身能力を有している相手だと、変身相手に異術を付与してしまうので目の前で戦っている敵に異術を付与できないという事だ。
今回はそれが裏目に出たらしい。
異骨本体がナテガに変身していたがために、ナテガ本体に異術がしっかり付与された。
相手がナテガかどうかは渡り者の反応を見ればすぐにわかったのだろう。
私たちは間違いなくあれがナテガの姿だと言い切れる。
令月の異術が問題なく発動されていることは分かった。
だからあまり効果がないように思えたのか……。
では、ナテガはどこに?
そしてあの意志を持った会話は何だったのだ?
「あれが神の一部であることは間違いないです。神の意思を伝える異形と言っても差し支えないでしょうね」
「だから会話することができたと。じゃあ、本体はどこだ」
「もう見えていますよ」
天千がそう言うと、足元に継ぎ接ぎが伸びてきた。
そこからは早瀬や雪野、月芽や案山子夜が飛び出してくる。
「旅籠様! ご無事ですか!」
「痛い……。この移動マジで慣れねえ……」
「早く立って早瀬さん! 何処に敵がいるか分からないんだから!」
「いや、ここにはいないさ」
私の声に全員がこちらを向く。
時折周囲を見渡して本当に敵がいないか確認する者もいたが、結局はこちらへと視線を戻した。
そして、全員が同じ方向を向く。
天千の言った通りナテガがいる場所は既に見えていた。
あれだけ堂々としているのだから、分からないという方が無理があると言うもの。
その場にいた全ての視線が上空へと向けられた。
明らかな異変がそこにはある。
誰もが旅籠の見ている先を見て、理解した。
「ナテガは、あそこだ」
宙に浮く観音扉。
その扉は……未だに開き続けていた。




