18.28.敵対の理由
「ちと、話をせんか~?」
継矢海里守常治は、見た目とは打って変わって飄々とした態度で接してきた。
これに三名は一瞬目を瞬かせたものの、まだ戦いは終わっていないと再び構えを取る。
常治はこれを見て困ったような笑みを見せ、炎重の頭に手を置いた。
「本当に話をしたいだけじゃ。戦う気はないぞ?」
「ううー……」
「んう? ああーそうかそうか! そうだなあ、そうだよなあ。私の異術は継ぎ目。無手でも人を殺せてしまう。警戒して当然か」
ではどうしようか、と彼は頭を悩ませる。
三人を見ながら考えていると、ふと月芽の姿が目に留まった。
「おお、私の子孫! 君も継ぎ目を使えるのだろう? であれば私をそれで縛れ!」
「……え!?」
「それで対等だ。そしたら恐ろしくないだろう?」
「うう!!」
「案ずるな案ずるな炎重~。話さえ聞いてもらえれば、問題ない。ほら、はようせい」
「……」
月芽は不安げに案山子夜を見る。
彼女の不安は最もだ。
そもそも常治は継矢家の始祖でもある存在で、月芽の異術は月芽以上に熟知している。
そのため簡単反撃破されてもおかしくないし、炎重も居るので油断はできない。
雪野も同じ理由でこの提案には首を横に振った。
その反応を見ていた常治は『あれ? なんで?』と言ったように苦笑いを浮かべている。
「よし、分かった! じゃあ~これから口にするんは独り言。さぁ炎重おいで~」
「う?」
常治は炎重を抱え、三人に背中を向けてその場に座り込んだ。
自分はもちろん炎重の視界すら奪ってしまったことに、こちらも少なからず驚いた。
本当に会話をしたいだけだという事が分かったからだ。
しかし何のために?
この期に及んで弁明することでもあるのだろうか、と変わらず構えながら警戒を続けた。
一拍置いた辺りで、遂に常治が口を開く。
「私たちの目的は君たちを倒す事に非ず」
「う」
「なに……?」
「じゃあこの状況は何だっていうんだってな! ああその通りさ。君らを倒すことが目的ではないならば、何故戦う必要があるのか」
そこでパチン、と指を鳴らす。
「神を誘き出すのさ」
「……は?」
「神……って、あの……? もしかして、腕が太くて、足が細くて……」
「ほお、渡り者か。見てんだったら話は早い」
常治は座ったままこちらに向き直る。
先ほどまで警戒していた三人だったが、この動作には何も反応しなかった。
「常治、お前は何を知っているのですかな? 何をしようとしているのですかな?」
「成せなかったことを、君たちと成す」
「共闘、ということですか?」
「故にまずは、謝る!! すまんかった!!!!」
「うぅ~~!?」
胡坐のまま頭を地面にまでこすり付ける。
常治の足に座っていた炎重がこれによって潰されて中でもがいた。
じゃれている様にも見えるのだが、炎重はまんざらでもないらしく笑顔だ。
しかし謝罪は本気だった。
しばらく頭を下げていた常治が頭を上げると、真剣な表情でこちらを見る目がある。
三名はそれに気づき、遂に構えを解く。
「……雪野彩と申します。初めまして、継矢常治さん。お話、聞かせてください」
「月芽です。継矢月芽です」
「案山子夜」
「私も改めて名乗ろう。継矢海里守常治だ」
「常治さん、教えてください。どういうことですか」
一歩前に出た雪野が答えを急かす。
急にこんな話をされたのだから、頭の中が混乱しているのが普通だろう。
だがこの三名は……しっかりしている。
「この輪廻を終わらせるため、神を誘い出す。この世の輪廻、知っているかい?」
「魂蟲の事ですね」
「おおー月芽殿は話が早い。そうだ、渡り者は神によって連れられてきた。この世で渡り者が死ねば魂蟲となる。その魂蟲は、年月を経て異形となる」
「主魂殿から大方の話は聞きましたね。神は別世を欲している、と」
「主魂から話を聞いていたか。ならばその話は割愛だ」
「そこまで知っていて、何故わてらと戦を? 元より共闘すれば……」
「できんのだ」
常治は首を横に振る。
「あの異神の目的は、渡り者の世を手中に収める事。彼奴は口軽でな。連れてきた渡り者と出会ってはそう言ってこの世に落としたらしい。では別世を手中に収める手立ては何だと思う」
「……武力?」
「そう。つまり……」
常治は己の胸に親指を押し付ける。
そして傍にいた炎重にも指をさした。
「異形だ」
「……そういうことですか」
「雪野様、何かわかったのですか?」
「違う世界を手に入れると言っても、それはそんなに簡単な事じゃないわ。私たちのいた世界には化学が……ちょっと説明すると長くなるから割愛するけど、この世界みたいな異術は存在しない。でも銃……簡単に言ったら鉄のカラクリ武器がある。飛び道具ね」
「雪野殿のいた世でも、武力は存在するのですな」
「神は手を出さない。でも、私たちは別。ナテガは間接的に世界を掌握しようとしてる。この世界の異形が私のいた世界に来たら、間違いなくパニックになる」
「そこで問う!」
常治が楽しそうに指を立てた。
「肝心のこの世の武力、異形。別世で間違いなく戦える戦力だ。異神としては残したい。だが今、消耗し合っている。すると、どうなる?」
この問いは流石にわかった。
三人とも答えに辿り着いたようで、今のこの現状を理解した。
「これ以上消耗させまいと……介入してくる?」
「ご明察。彼奴は少なくとも三千年よりも前から策を講じている。私たちはそれを知っていた。過去に迷い込んできた渡り者から科学とやらも聞いた。別世が強みとする化学を、文明を進めてしまえば、別世は劣勢となる。故に」
「妖怪を文明阻止の監視役に仕立て、渡り者を元の世界に帰るための機関を作った。そして異形をこれ以上増やさないため……強い異形は隠れ、弱い異形は妖怪の監視下に置かれた」
「ご明察」
この均衡を崩したのが、旅籠だった。
本来はもっと穏やかになるはずだったが、やはり三千年という月日は様々な物事を曲解させてしまう。
異形はいつの間にか妖怪の奴隷となったし、人間は妖怪を敵視し続けるし、妖怪はそもそも過去の事を知っている個体が少なかった。
だが均衡は保てていたのだ。
問題は、その均衡の取り方……だろうか。
旅籠が異形を奮起させ、妖怪と戦った。
異形は従属することに長け、主を置けば強くなることはほぼ必須だ。
これを何とかしようと、団三郎狸が出張ったがそれすらも跳ね返してしまう。
主魂は人間との関係を元に戻そうとしていた。
この均衡は彼が眠った後の話なので、そう仕向けるのは必然だっただろう。
この話は極々小数の者しか知らない事で、恐らく主魂でも知らない。
そもそもこの決め事は異形人という悪人を生み出さないようにするためという名目で作られている。
主魂や平将門はこれを知っているはずだ。
しかし常治は先を読んでいた。
この決め事の本当の目的は、異神に別世へ向かわせないための物。
真の目的を知るのは少数がいい。
「これがこの世の真実。全ては異神の思惑阻止のため」
「狐が貴方を復活させたのは……」
「現状、マズいと思ったのだろうね。故に咄嗟に演技したさ。代果城を潰したのは……うん……。やり過ぎたかなって思ってる」
「ううー」
「何とかならないかね、小空」
「無理でしょ馬鹿じゃん」
シュポンッと出現したのは、小さな赤い狐火だった。
「小空!? その姿なんですか!?」
「こいつ復活のために随分妖力使っちゃったからなー! くそ~!」
「小空の方はどうでもいいですな」
「酷い!」
「それより……妖怪が形龍とやらに襲われていたのは?」
「ああ、あれは保護。妖怪は死んじゃいない。今妖怪が人間や異形に攻撃するのだけは阻止したかったからね」
「何故?」
「戦は、これからだから」
そう言って常治は空を指さす。
見上げてみればいつの間にか空の色が変わっており……空には観音扉が出現していた。
「あれは……!」
忘れたくても忘れられないもの。
雪野は目を見張ってあの扉を凝視した。
話を聞いていた案山子夜と月芽ももうなんとなくわかっている。
常治の言葉が正しいのであれば、もう互いに争っている状況ではない。
己らが争う事で誘い出した千載一遇のチャンス。
今いる世界と、元居た世界を守るための、一度だけのチャンスだった。
「さぁ、来るぞ」
バアンッッ!!
観音扉が開いたその先は漆黒の空間。
だがその中から勢いよく、久方ぶりに見るあの異形が姿を現した。
『貴様らぁあああああああ!!!! 許さんぞおおおおおおおおおお!!!!』
異神はその咆哮と共に、巨大な腕が扉を握りつぶした。




