18.27.大本命
「なんと!? 誠ですか旅籠様!」
「いいや?」
「え!?」
そんな都合のいいことがあるはずもない。
だが、これで認識をまとめさせた。
磯丸の異術は既に分かっている。
彼の異術は恐らく……『再現』。
山本が理解しても口にしてはならない、と言ったのはこの異術の再現が相手の思考によって変動するからだろう。
つまり、敵が『磯丸の異術は○○だ』と思った瞬間、磯丸は異術をようやく得る。
ただ相手にその異術を考えさせる必要があるため、己の巨大な外殻を自在に操れる異術だけは持っているらしい。
いや、もしかすればガガニ辺りがそういう異術があると思い込んでいるだけかもしれないが。
なんいせよこれを見せられ、騙されれば成功という具合だ。
敵が沢山いるほど異術を再現させられる数が増える。
発動させられるのは一度に一つまでだが、最も有利になる異術を選べるのは強みだ。
そしてその強さも、敵の想像力任せ。
体をウニの様にさせたのも、地面に突き刺した岩が地中を貫いてくることも、誰かが想像した異術を選び取り、再現したのだろう。
であれば……思考をまとめればいい。
一人一人が想像するのだから厄介な力なのだ。
私がそうだと言えば、ほとんどの異形たちはそれが磯丸の異術だと考えるだろう。
これで相手を倒すには十分だ。
今、私は回復の異術に切り替えれば異術を失うと言った。
磯丸が回復の異術を選んでガガニを回復させれば、磯丸を無力化できる。
彼の異術は再現だ。
こちらの味方が私の言葉を信じて磯丸が回復の異術を使えば倒せると考えているならば、それ以外の異術は誰の頭の中にも出現しない。
だが、磯丸は回復の異術を選ばない可能性もある。
それならそれで倒すだけだが……この状況にはならないだろう。
「共に記憶を書き換えられて数千年。一緒に過ごし続けてきたお前らが片方を切り捨てられるか?」
「嫌な大将だ」
「戦いに汚いも何もないですよ落水さん」
「それは、そうだがな」
ガガニが倒れたところを見た瞬間、磯丸の攻撃の手が止まった。
明らかな動揺、硬直。
今まで想像すらしなかった友の死に際が間近に迫って体を震わせる。
そこで出してきた敵の罠。
回復の異術に切り替えれば確かにガガニを救う事は簡単だ。
しかしその代償すらも指定され、回復の異術の凄まじい強さまで想像されてしまった。
現状では今再現している異術を解かない限りこの異術は自由に使えるが、それではガガニが確実に死んでしまうだろう。
この異術でガガニが死ぬまでに敵を殲滅できるか?
敵の条件を飲んで回復の異術に切り替え、戦闘能力を失う代わりにガガニを救うか。
ガガニの異術ならば……いや、先ほどまで押されていたことも事実。
であれば己がこのままの異術で……。
しかし、そうすればガガニが……!
『殺せ!! 氷進!!』
「ハッ!!」
平将門の声を聞く前に氷進は動いており、既にあと一歩のところまでやってきていた。
ガガニは動けず、ただ刃が振り下ろされるのを待っているしかない。
氷進が跳躍して刃の重さに重力を加え、確実な一撃を繰り出すために狙いを定めた。
磯丸は手を伸ばす。
彼が選んだ異術は……。
バゴンッ!!
振り下ろされた刃すべてが埋まってしまうほどの一撃は鈍い音を立てた。
その火力に目を見張ったガガニは、間一髪その攻撃から回避して地面を転がる。
立ち上がったと同時に拳を握り、大きな声で磯丸を睨んだ。
「こんのだらずがあ!!!!」
「──」
磯丸の体を守っていた岩の棘が崩れていく。
回復の異術を使った今、先ほどまで使っていた異術は消え去った。
強く舌を打ったガガニはすぐさま異術を発動させ、味方を増やす。
再生に時間はかかるし、炎を扱う異形鬼のせいで思うように仲間を増やす事は出来ないが、今ここで諦めるわけにはいかない。
助けられた今、こんな簡単に死んではならない!!
「ったろうじゃねえか! おら掛かってこい!」
「遠慮なく!!」
氷進がすぐさま地面を凍らせて接近する。
ガガニの弱点であるそれは確かに脅威だったが……“今はまだ”脅威ではない。
ガガニの足が凍った。
氷進はこれを見て勝ちを確信したらしく、すぐさま薙刀を振るう。
他の雪傀儡も集合して一斉に攻撃を仕掛けた。
周囲は既に凍てついており、ガガニは空気が冷たくなって体の動きが鈍るのを感じる。
「異術・操り道楽」
ガガニが指先で何かを掴む動作をする。
次の瞬間、雪傀儡が破壊された。
「「!?」」
「なん……!?」
何が起きたのか一瞬分からなかった。
ガガニを見てみれば、彼の眼前には先ほどまでいなかったヤガニがいる。
いつ再生したんだ? と首を傾げた瞬間……そのヤガニは凄まじい速度で雪傀儡に体当たりをぶちかました。
「んっ!?」
「が!?」
「苦手なんじゃこれ使わせんな!」
ガガニの手の動きに合わせ、ヤガニが振り回されて雪傀儡を吹き飛ばす。
見えない糸が付いているかのようで、ガガニとヤガニの距離が遠くなるほどその速度は向上していた。
見えない程ではないが、雪傀儡たちには対処できない速度だ。
全員が吹き飛ばされたところで、ガガニは球体に変わった磯丸を回収する。
異術が使えなくなって本来の姿に戻っている。
美しい真珠は人の頭ほどの大きさがあり、それが申し訳なさそうに前後に動いていた。
「ほんまじゃあほんだらあ。力戻るまでそこんおれ。なんとかしたらあ……!」
「──」
だがこの戦力差だ。
そう長くは持たない、とガガニも理解している。
ヤガニ衆は異形鬼の赤雪に尽く燃やされ、数が減ったことで異傀儡衆にも拘束され続けていた。
分裂させた個体も完全体となる前に燃やされてしまい、全く戦力にならない。
戦いが長引くほど、こちらが不利になる状況だった。
「無限の敵を仕留められたのはめちゃくちゃ大きい」
「回復の異術に切り替えさせたのは良い策ですの。まさか本当に切り替えるとは思っておりませんでしたが」
「するしかなかったんじゃないかな。放置してもニバニバの異術は継続してたし」
「なんにせよ、勝ちですの」
ヤガニ衆も多くが倒れた。
焦げ臭いにおいがそこら中からしており、ピクリとも動かない彼らを踏んで異傀儡衆は次の敵を目掛けて進む。
ガガニを倒して数の有利をこちらが奪取する。
それがもう少しで叶うだろう。
「……ハッ」
「──!!!!」
この戦況に絶望しているはずの二人は、何故か空を仰いだ。
ガガニは安堵したような、してやったりといったような笑みを零し、磯丸は嬉しそうに体を動かした。
「っとかよくそがぁ……! 来た来た! 来たぞおい!! ようやっとだああ!!!!」
そこで他の面々も異変に気付く。
空から降ってくる妙な気配に全員が天を見上げた。
誰も何もしていないはずなのに、空の色が明らかに変わっている。
そして、あり得ないものがそこにはあった。
「……観音……扉……?」
そこには……観音扉が薄っすらと浮かび上がっていた。
旅籠はこれを見たことがある。
あれは……富ノ裏神社あったものだ。
浮遊している観音扉。
明らかな異常をその場にいた誰もが認識しており、攻撃の手を完全に止めてしまう。
ヤガニ衆もガガニが攻撃の意思を失ったからか、その時だけは静止して動かなかった。
「あれは……なんだぁ……?」
「異神術だああああああ!!」




